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サムネイル10回

父と息子

 

 

8月の太陽は、容赦なくボートを照りつけている。昼近くなると、海上とはいえ、気温はウナギのぼりに上がり始めた。息子の方は、かなりバテてきたみたいで、既にルアーを投げる気力など、とうにない。父は黙々と朝からルアーを投げ続けていた。

ついに風が止まり、海はかすかなうねりを残すだけで、群青を油で溶いて流したようなネットリ、ベットリとしている。ぼくは白いTシャツを氷水で濡らして頭に巻いた。そして、彼の息子である少年の帽子にも白いタオルを同じように濡らして入れてやった。父親は、無視したようにルアーのキャストを繰り返している。少年は、父が早く釣りを止めてくれてくれるのを願うように、ボートの隅に座り込んでしまった。暑い昼下がりの、言葉のない時間がどんどんと過ぎて行く。

 

 

若干、潮が動き出した時、リーフエッジの近くで大きな口をしたジャイアントトレバリーが、海を割って飛び出した。父はありったけのファイトを見せる。

息子は、父の傍に駆け寄ったが、自分が何もしてやれないのに気づき、ぼくの方を見た。

15分後、20kgオーバーのGTは群青の鏡の海面に波紋を作って浮いた。

ぼくは、テイラーでテールアップし、少年に渡し、海水ポンプを作動させた。

海水デッキを冷やし始めたが、まだ中学1年生の少年は、巨大なGTを1人で持ち上げることはできなかった。父が手伝い、GTは甲板に上がった。

父親は、十分な時間をかけ、弱りきったGTを海の中でゆっくりと揺する。少年は心配そうな目つきで、父の背中を見ている。やがて、元気を取り戻したGTは海に帰っていった。

 

やわらかい風が吹き出し、鏡の海面に小さなさざ波が広がった時、少年はかすかに男の目をして、父の横に立っていた。父はまた、黙々とルアーを投げ始めた。

ぼくは、無表情に、エンジンのスイッチを切った。