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サムネイル13回

釣りフリークの新婚旅行U

 

台風29号が10年ぶりの台風(風速50m以上)を吹かせて通りすぎた次の日、まだ波が7mあろうというのに、やっと動き出した飛行機で彼らはやって来てしまったのである。

「鹿児島の鶴ですけど、来てしまいました」後ろには、どうやって射止めたのかわからないほどの九州美人の奥さんが恥ずかしそうに立っている。

「ど、どうやって来たの?」アルバイトの橘君が驚いたように尋ねると、

「結婚式が終わって、台風だからダメだとおもったんですけど、とりあえず予定通りに空港に行くと、那覇まで飛ぶというんです。まあ、その先は分からないけど、那覇まで来たら、ちょうど石垣島まで飛んでくれるというので・・・」

「で、どうするの?」と呆れてぼくが思わず尋ねると、「だから、新婚旅行なんです。釣りもできたらなぁって。ほら、7ftのロッドも2本持ってきたし、あんまり持ってくると色々あるので、GTのタックルは貸してもらって・・・」

「今日、波は7m近くあって、明日5mになって、あさっては3mになるけど・・・」と、ぼくはありったけの悪条件を並べてみたのだけれど、どうも釣りフリークの彼らには通じないらしい。

「まあ、4日間は島にいますから、気長に待ちますんで、あまり気にしないで下さい」と、切り返されてしまった。

話してみると、奥さんのほうもちょっぴり釣り好きらしい。多分、彼が懸命にして献身的な教えの賜物であろうことは、すぐにわかった。旅行も、先に「釣り」があって、次にどこに行こうかという算段であったようだ。

 

2〜3日すると、ようやく風も落ちて明るい兆しが見え始めた。

二人は島をレンタカーで回ったり、西表島ツアーに出かけたり、ホテル前でトレバリーが何尾か見えたと言ってはわざわざ報告に来る。

ついに最後の日になってしまった。朝一番にホテルに連絡するが、二人はどこにも見当たらないという。

外は雷がゴロゴロ、時折り雨はザザーッときているので、当然中止である。連絡がとれないまま、一通りの情報を集めて待っていると、ロッドを2本持って二人が現れた。

「残念だけど、雷注意報が出ているので、今日も中止にしようと思っているんだけど」

「え、ぼくもそう思っていましたよ。でも、カミさんは今日出られなかったら、ホテルの前の海で絶対に泳ぐといっているんです」と鶴君。

「新婚旅行で釣りなんかして、奥さんに怖い思いでもさせたら、一生釣りをするたんびに言われるよ・・・」

そんな会話を続けながら、ふと外を見ると、日が差して明るくなって風も収まり、雷の音も消えている。

彼もそのことに気づいたらしく、

「じゃ、その辺でちょっと釣りやって来ます」といって、二人仲良く港に行ってしまった。

朝の雷注意報はどこ吹く風で、2時間もするとますます天気は良くなってきた。

お昼近くなった時、彼らが大喜びで帰ってきた。

「フグのお化けが釣れました。まん丸で、目の上にこんな風にまつげがあるやつ」と言って、自分の目の上に5本の指を広げて見せている。

「そんなのは、初めて聞くし、大体フグがルアーで釣れるかな?」と常識めいたことを思ったが、この二人には通じなさそうなので、言うのを止めた。

「じゃ、せっかく来ているのだから、これからちょっと出てみようか。そのかわり、島の近くで奥さんの海水浴が先だよ。余った時間で釣りをするということで」と、どうも自分でも訳のわからない説明をしながら、出航と相成ってしまった。

港を出て5分ほどボートを走らせると、竹富島近くに着く。海も透き通っていて波もなく、浅い真っ白な砂の海底に直径10mほどの美しい珊瑚礁がポンポンと点在している。ボートを止めると無数の小さな熱帯魚が周りに集まってきた。

「こんな綺麗な海、初めて」と、奥さんは大喜びである。二人が泳いでいる間に、ルアーやタックル、システム、ドラッグなど、総て調整した。

 

さて、トレバリーを狙うことにすると二人は本気でビシバシとルアーを投げ出した。

じゃ、どうせ狙うのなら、20kgオーバーのジャイアントにしようと思い。鶴君の方には、ぼく特性の100gのポッパー、奥さんはうんと楽な50gのポッパーを投げ続けてもらうことにした。

3時を回ったところで、潮がだいぶ動き出した。街の近くのチャンネルにボートを動かして、4投目にルアーが着水すると、後ろに大きな影が浮かんだ。

「後ろに付いている」と、ぼくが言った瞬間、GTのアタックが始まった。1回、2回、3回目にはルアーは反転したGTにひったくられるように、海の中に消えた。

ジイジイとドラッグが鳴り出し、「かかった、かかった」と、鶴君は大声を出しながらロッドをあおっている。

「フッキング、フッキング!巻きながら10回ぐらいやりなさい!」と、アドバイスしてすぐにボートで追いかけ始める。

奥さんはダンナの側に駆け寄って、がんばれ、がんばれと言う。「奥さん、写真撮ってあげて」と言いながら「いつ切られてもいいように」という言葉をのんだ。

それほどかかったGTは初めてのアングラーには大きいのである。奥さんは、へたり込みそうになるダンナをしきりに励まし続け、その度に彼のへたった腰が少しピンとなっているようにも見えた。

ラインを根から遠ざけるようにして、ボートを動かし、GTを深みに追い込んでいく。

 

12分後、30kg近いGTが水深20mで横になってぐるぐる回り始めた。浮袋や内臓の損傷を防ぐために、ポンピングをゆっくりやるようにアドバイスする。長いショックリーダーが海面に現れたので、それをつかみ、さらにGTをショックリーダーでコントロールしながら、ゆっくり回して海面に浮かす。

たっぷり空気を吸わせ、おとなしくなったところで、もう一方の手で尾のセイゴの部分を掴み、両手でひきずりあげた。直ぐに、海水ポンプを口の中に入れて、GTの呼吸を整えさせる。

鶴君は、GTのあまりの重さに持ち上げることが出来ないので、二人でGTの側で記念撮影。

その後、リリースする時に奥さんとGTとでパチリ。そしてすぐにリリース。

「ああ、とっても幸せ!!」と鶴君。

「へっぴり腰だったけど、素敵だったわ」と、奥さん。

「当たり前だよ。綺麗な奥さんに最高のGT。まったく羨ましい」とぼく。

逃がしてやったGTは、この二人の心の中をいつまでも泳いでいるだろう。やがて、子供が生まれ、その子が男の子だったとしたら、お父さんはこのGTを釣った話をするだろう。

子供は目を丸くし、話を呑んで聞き入り、その側でかわいい奥さんが笑いながら相槌をうっているに違いない。