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サムネイル16回

クリスマス島釣紀A

 

クリスマス島の朝は、素晴らしい。暗闇がまだ、ホテルをつつんでいるころ、我々は出発する。

6時ごろ、港についてパンティングボートに釣り具をのせはじめると、満天の星たちは、序々にその姿を隠しはじめる。水平線に一瞬、一直線に光がはしり、空も海も黄金色に輝いてくると、朝日がのぼり始める。

すぐに空は空の色に、海は海の色にもどるが、我々はまだ光と影の世界にいる。

誇らしげに海と太陽のキリバスの国旗をボートの上に掲げる男の向こうに、同じ風景が存在した。

あるアングラーが一日の釣果を祈り、あるアングラーは期待と不安に心を躍らせている。

あるガイドは、家族の幸福と、一日の無事を神に祈っているに違いない。

 

3日目を迎えると、睡眠不足と、疲労がピークを迎えていた。アウトリガーを付けた高速の大きなカヌーで、25マイル離れたヴァスケス湾に向かった。

普段は漁をしている船らしく、魚の腐った異臭が漂い、デッキはウロコと乾いた血がこびりついていた。

サウスウェスト岬を廻ると、島の風裏に入ったらしく波は急に穏やかになった。

湾は、浅い海底に大きな珊瑚の岩がひしめいていた。ペンシルで叩きはじめると、小型のトレバリーが次々とヒットしてきた。ガイドのサイモンは、リーフエッジに目を釘付けにしながら、「ビッグフィッシュ、ビッグフィッシュ」と呟いている。

キャスティングを開始して2時間が過ぎたころ、エッジに小さな割れ目があって、潮がそこから流れ出して、かすかに波の形と色が違って見えた。

僕は、気配を感じ、サイモンの方を見ると、彼も指をさしている。

ルアーがポイントに入った瞬間、真っ黒い巨体が、ポッパーに襲いかかり、ドカンという水柱がたった。

押さえ込もうとドラッグのテンションを上げたが、ラインは止まらない。

更にドラッグを上げて、エッジで魚を止めた。もう一度合わせを何回かして、引きずり出そうと、ポンピングを試みると、ガサガサと嫌な感じが手に伝わってきた途端、ふわりとラインは抵抗を失った。ラインブレークである。見事にショックリーダーを、根擦れで切られてしまった。

実はその日はどういう訳か、僕自身のミスで、自分の130lbのリーダーを忘れてきてしまっていたのである。借り物の100lbのリーダーは、ザラザラの切断面を見せながら、僕には何も言ってくれない。

 

大物釣りは、相撲で言う心・技・体である。どれかが狂っている以上、今日はもうルアーを投げまいと思った。まだ11時前であったが、撮影のスタッフも同意してくれたので、ホテルに帰ることにした。

カーテンを閉ざし、ベッドに横になり、天井を見るとゆっくりとくるくると扇風機の羽根が廻っている。目を閉じると、光の中に巨大なトレバリーが跳ねて消えた。

 

4日目に入ると、時差ボケも無くなり、体もキャスティングを続けることに慣れてきた。ファイトの後もさほど、気にしないですぐにキャスティングができるようになった。

朝一のポイントが終わり、移動する途中、50〜60lbのキハダが、ベイトフィッシュを追いかけ回しているのが見えた。

ガイドのサイモンも結構、興奮してきて、ボートをグイグイと、マグロの方ににじり寄らせる。

目の前でバシャバシャと、ベイトが逃げたので思い切りキャストして、目一杯の速さでペンシルを引くと、黒い影がすごいスピードで、ジグザグに、カクカクと鋭角に曲がりながら、ルアーめがけて突進してきた。「これは、いけるな。」とかまえたが、そのままビューンと行ってしまった。

すぐに逃げた方向に投げると、ドカンとヒットした。逆光の中にちょっと長い背びれが、くっきりと見えたのでイェローフィンかなと思ってファイトした。

サイモンが、「ブラックフィンツナ?!」とフォローしてくれたがGTであった。

同じ頃、仲間の山田君がトップで50lbのキハダを、キャッチアンドリリースしていたらしい。

 

昼になったので、クックアイランドの入江に入ると、シャローな所にカスミアジが、そこら中に泳いでいる。バスタックルで小さなポッパーをポコポコやると、すぐにヒットした。アジサシやカツオドリ、トレバリーバードなんかが、ぐっちゃりといて、キイキイ・ギャアギャア騒々しい。

ハエの大群がパンティングボートに押し寄せてきたので、すぐに沖に逃げだした。

水深5〜6mのリーフエッジにアンカーを打って、昼食にすることにして、僕はひと泳ぎした。

ヒメフエダイがいたり、アオノメハタ、またイケガツオ、バラクーダ、ヨスジフエダイ等々、泳いでいて石垣の海とあまり変わらないので安心してしまった。

 

GTは全部、ホールドバイテイル・ランディングしてもらった。自分でもランデイングできるものは、自分でした。要するに、尻尾のつけ根をグイと持ち上げて、両手で抱っこするのである。そのまま、あるいは一度置いてバーブレスフックをはずし、リリースする方法である。尾のつけ根にあるセイゴの部分は、ちょっと鋭いので、必ず手袋をすると良い。ガイドに鈴木流のこの方法を教えてやると、結構流行りだしたみたいで、みんな、この方法をとりはじめた。ガイドの中には、素手でやろうとする者もいるので、手袋を貸してやったりすると、気心も知れてくる。エディもサイモンもツナキも、190cm、100kg以上あるので、グローブみたいな手で、20kgぐらいのGTだと、ヒョイと持ち上げてしまう

。一匹、一匹 リリースした後、“Thankyou"と言って握手するとガイドも“Youarewelcome."と答えてくれる。僕も目がいい方だから、ヒットする前にGTを見つける。ガイドのサイモンもちゃんと見ていて、ヒットに至らなくても、今のは、何lbだったという話になったりした。

 

最終日、午前中で終わりというのに、朝からなにやら気合が入っている。ポイントに向かうボートの横をアシナガイルカが通りすぎていって、前方でジャンプし、くるくると廻るスチールカメラの大久保君が、スピンドルフィンというのだと、教えてくれた。いよいよタイムリミットになりかけている。

昼近く、潮も止まり、海はベットリとしはじめた。後5分というときに、僕のポッパーに、GTが飛びついてくれた。最後の一匹である。僕は、クリスマス島の自然とガイドと魚に感謝をしながら、絞り上げるように、ゆっくりと釣り上げた。