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サムネイル21回

西表島釣紀 男達の遠足

テントをはっている浜近くまで、西表の森は覆いかぶさり、少し欠けた月だけが頭上で山から海へ、早く流れる黒い雲に見え隠れしている。

森は風に押され、揺すぶられて音とも振動ともつかない威圧感で迫ってきた。    

「朝までに、風が止むと良いが。」と友人の石垣長宏さんがしきりに流れる雲を気にしながら言う。

僕はさっきからくすぶり続けている焚き火に乾いた小枝の束を投げ入れると、煙が炎に変わって、ボウボウとうずを巻いて燃えだした。風が舞っているのである。隣で夜釣りを楽しんでいる、長谷川君の竿に何やら来たらしい。

男達が集まって、ワイワイとやりはじめた。遅れて僕も見に行くと、懐中電灯の光を受けて銀色のキラキラした魚が見えた。汽水性の魚、セッパリサギである。

「鈴木さん、僕今夜は外で寝ます。ほら、西部劇でカウボーイが、焚き火の近くでゴロリと・・・ネ。」と橘文也君ニコニコしながら、言いにきた。同じテントに寝ている、石垣さんのイビキが気になるらしいが、本当に外で寝たいんだとも思った。

午前3時、案の定石垣さんのイビキで僕は目が覚めた。外に出ると、月は西の方に沈みかけ、それに代わって、暗闇が近づき、星空があらわれだした。白鳥座、こと座、わし座・さそり座といった夏の星座が、所狭しと輝き、いくぶん星も、湿度のせいか大きく見えたりもする。

天の川にも、うっすらと、雲に似た星で出来た霧が、淡い紫色にぼんやりと光っている。

真上を人工衛星が一定の光となって、無表情に南北に横切っていくのが見えた。

 

 

次の朝、風は少し止んでいた。桜田君と佐藤君が、せっせと朝食を作ってくれる。これが男の料理で、なかなかうまい。コールマンのガスバーナーの火力を一杯にして、中華鍋に紅花油をたっぷり入れてチンチンに熱する。ウインナーをドバーッと入れて、煙が出るまで、コロコロとさせて良く水を切ったキャベツをたっぷり入れて、さっと炒める。それに塩・コショーに赤ワインまで加えて、大皿にあける。

石垣島にパンドウーミーといううまいフランスパンを焼いているところがあって、そこの太めのバゲットを大きく切り、間に切り目を入れて、そこにこのウィンナーとキャベツをはさみ、バターをのっけて、ツブツブの洋カラシをつけて、ガブリと食らう。

飲み物は、焚き火にかけて沸騰しているヤカンのお湯を半分位にして、ダージリン紅茶の葉をたくさん入れる。頃合いを見計らって、1ℓパックの牛乳をどっと入れて沸騰する直前で、火から降ろすと、鈴木流イングリッシュティーのでき上がりである。

これを、マグカップで飲む。これがロンドン下町で、若い時代に覚えた味である。(?)

この日は、リーフで少し遊んで、クイラ川に皆で入ることにした。

川は強い引き潮のせいで、流れも早くなっている。ゆっくり上流に上がって行くと、所々、浅い瀬がある。

時々スクリューが川底の砂をまきあげると、小魚がそれに群がってピョンピョン、スクリューの泡の上に飛び出して来る。後ろから付いてきている石垣艇も、そうとう苦労しているようだ。30分くらいで、中流のマングローブ林の前に広がる、比較的硬い砂の上に、2艇とものしあげて、潮の引ききるのをまった。

 

 

佐藤君がフライで、すぐにミナミクロダイを釣るとあっちでもこっちでも歓声が上がりだした。

僕も小さなポッパーを投げていると、バコン!とすぐにヒットし、ぐいぐいと大きな岩の下に逃げこもうとする。引きずり出して、ロッドをゆっくりとあおると、もう「クイラ」と名前をつけた自作のウルトラライトロッドは、グンニャリと曲がり、6LBのラインはペンの古いインスプールのリールから、キリキリと悲鳴を上げながら、出ていく。なんて心地よい感覚なんだろうか!

勝負は着き、水際に魚は横たわった。

「鈴木さん、これ何ていう魚ですか?」と、隣でルアーを投げていた長谷川君が尋ねた。    

「ゴマフエダイといって、西表島の川の中には、よく生息している。オーストラリアあたりじゃマングローブパーチと言うらしいヨ。この辺じゃ、カーシビともいう。たぶん川の中のマグロという意味だと思う。僕はジャングルパーチなんて、しゃれた名前を付けているけどね。」と答えながら、このちょっと赤黒く灰色のゴマをぱらぱらとまいた様な魚をリリースした。

離れた所で釣りをしていた石垣さんが、叫んだ。

「ターポン、かかったみたい!!」      

どれどれと駆け寄ると、目の前でジャンプ一発、パチンとはずれてしまった。

まわりにいたメンバーはみな、目の色を変えてルアーを投げてみたが、もう、ウンともスンとも言わない。また、佐藤君が「でけーのが来た!」とフライロッドを満月に曲げている。

まあよく魚をかける人だと呆れていると、また違う魚があがってきて、

「これ、クロダイでないスよね?!」とリリースしようとしている。     

「ああ、ちょっと待って一枚写真とらせて。」と近寄ってみると、これがホシミゾイサキのいいサイズ。

シャコやカニ等が主食なので、ルアーにはめったに来ない魚である。

 

 

僕は釣りは他のメンバーに任せて、マングローブの中に入ってみると、なんか硫黄の様なキナくさいドロの匂いがする。

足もとには呼吸根という逆Uの字の形をした根が、ゴツゴツとつき出ている。ミナミトビハゼがピンピンと驚いたように、根陰に隠れた。

そして、飛び出した大きな目でこちらを伺っている。しゃがんでじっとしていると、まわりはまた僕の存在自体を無視したように、自然の日常の生活に戻った。

シオマネキや、ヤクジャマガニ、トントンミー(ミナミトビハゼ)等が動きまわり始めた。相変わらず、良くもまれた森の風が、柔らかく優しく、体にあたる。遠くでまた、男達の歓声が聞こえた。