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サムネイル22回

西表島釣紀2 男達の遠足

凪である。 

石垣島から出港して、1時間あまりでもうクイラ川の河口についてしまった。 

「だいぶ飛ばしましたね。」と同行の小松崎君がニヤリと笑った。  

「かなり潮がひきはじめているけれど、一気にクイラ川の行けるところまで行って、あとは、歩きましょう。」といってボートのコントロール・ハンドルを前に倒した。案の定、中流域で、スクリューが川砂をまきあげ始めたので、2人でしばらくボートを押しながら上流に向かったが、10分もしないうちに完全に動けなくなってしまった。

「この先は、歩きましょう。」

僕はウェーダーを履いて、昼食と飲み物、釣り具をリュックに入れた。マングローブの林にそって、ドロの中を一時間ほど歩くと、淡水域に出た。まわりは、アダンやシダ類に変わったが、それも渓流部に入ると広葉樹林が覆いかぶさるようになった流れは、さらさらと心地よい、涼しげな音で迎えてくれた。

 

 

小さな自作のポッパーを、ちょっと砂岩の大きな岩の淵に投げて、ポンポンとポッピングをすると、バシャッとかわいい魚が飛び出した。

オオグチユゴイかな、と思って寄せるとなんとクロダイである。

全くの淡水域にいることは、めったに無いはずであるし、たとえいても、このような捕食活動をする元気は、常識的には、無いような気がするが、この島のクロダイは、別らしい。

手のひらに乗るくらい、小さくて、きれいな目をしている。体は、イブシ銀に小さな七色の虹を敷きつめたように、とても美しい、ウロコをしている淡水域にいるクロダイが、新種であるという噂を聞いたことを思い出したが、すぐにリリースした。

「鈴木さん、何か釣れました!?」小松崎君は、オオグチユゴイを釣り上げたみたいだ。

僕は、もうちょっと上流に上がったところで、ごろりと横になってみた。こうやってみると、この渓流が、森のトンネルみたいになっているような、重なり合った樹々の葉の間からは、南の島の強烈な光ではなく、緑のフィルターを通った、やさしく透き通った光が、差し込んでいる。 しばらくすると、「また釣れましたよ。」という小松崎君の声が聞こえた。  

2日目は、隣のナガラ川に入ることにした。クイラ川より、川幅が広く浅いこの川は、船をなかなか入りにくくしている。

「あの川は、昔もっと深くて大きな船も入って、石炭や、木材を運び出したりしていたらしい。最近では、人もあまり入らなくなって、どんどん土砂で埋まってきているし、大雨のたびに深みの水路も変わったりもする。」と白浜の定期船の船長の、池田米蔵さんが言っていたのを思い出した。    

流域までは、広大なマングローブ、ゆうに400m近い、川幅がある。ゆっくり入って行くと、途中、ノコギリガザミの漁師の船とすれ違ったので、水路を確かめて、また、上流へ向かった。中流部は、幅30mのU字型をしていて、真ん中は、2m近くある。かなり深く入っていくと、マングローブは、広葉樹に変わったが、まだ水深がある。もうちょっと入ってみよう、ということになり、FISHERMANVの船幅ぎりぎりのところまで出ると、琉球竹の林に遮られてしまった。今度は、カヌーを積んで行きましょうね、と言って、この先に入る事は断念した。 

 

中流と下流の間まで、戻り、船を係留して、バシャバシャと川の中に入って、ルアーを投げると、小型のクロダイが釣れた。小松崎君がゴマフエダイや、オニカマス、メッキ等をフライで次々に釣っている。

柔らかい森の風が、かすかに吹いてきた。ルアーを投げるとラインが宙に舞い、航跡が光ってマングローブの根元にポチャンと落ちる。何投か目にグイと引かれて、ウルトラライトのロッドが、グニャリと曲がり、チリチリと6lbラインが出ていく。ゆっくりとポンピングを繰り返すと、けっして大きく無いけれどヒレのピンとした、美しい魚が上がって来た。

魚になるべく触れないようにして、バーブレスフックを外してやると、バシャッと僕の顔に、水しぶきのおつりをのこして、笹濁りの豊かな川の中に、帰っていった。僕は風倒木の上に腰掛けて、都会でサラリーマンをして暮らしていた十数年前に、この安らぎを求めて、西表島に通いつめたことを思い出した。

会社で会議をしていても仕事をしていても、ふと、目の前にマングローブの森や珊瑚礁の海が広がったりして、これはもう八重山病なのだと思い島に住むようになった。

 

朝入って、夕方まで、何をやっていたのだろうと思うと、あまり思い出せない。とにかく潮が満ちはじめてきたので、そろそろテントを張っている、浜まで戻れそうである。今日は、そういえば、白浜に、ズイールの柳沢君が来ているのを思い出して、あわてて向かった。雲がわたあめの様に、森の連なりの上に、ポッカリと浮かんでいたので、「ああ、もう夏なんだなア」と思った。 

キャンプをしている浜まで戻ると、西の雲が帯状にオレンジ色に変わっている。

浜はサンゴの砂でできているので、白く澄んでいる。ボートが浜に近づくと、今日ついたばかりの柳沢君が、登山靴を履いたまま、ざぶんと入って荷物を運び出した。

ボートを沖に係留して、キャンプに戻ってみると、柳沢君がちょうど登山靴をぬいで、小枝にさしている。「鈴木さん、気持ちいいですね。」といって僕に、子供のような笑顔を見せてくれた。

僕は、なにやら、10数年前の西表島に来た頃の自分を見ているような気がした。