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サムネイル32回

慶良間諸島釣紀

 

「ルアー客が増えてきて、みんな釣った魚を逃がしてくれる。始めはおっかなびっくりやっていたんです。でもなんか、釣ってもらった喜びプラス、なんか良くわからない満足感みたいのが、日に日に強くなる。

そしたら、お客さんも僕もリリースするのが当たり前になっちゃって。」

と寄宮丸の船長、森山紹己さんは、ぼそぼそと話しだした。

僕は昨年の暮れに、GTルアーの講習会と操船についての実習を、この寄宮丸の仲間達に頼まれてやったことを思い出した。           

「始めに僕の、魚をみんな逃がしてやるという条件は、守られたわけですね」と答えると

「港で何も持って帰らないと、他の船がね、みんな不可思議な顔で見るんです。クーラーボックスで遊漁船どおし、競い合っているから、そんな中で逃がしてやっているって、なかなか言えない。だから黙って帰るんです。そんな時、釣り客の笑顔や、笑いが僕の船の中で起きると、ほっとするんです。」

 

ブリッジには相変わらず、やや強い北風が吹いている。同船している若いアングラーが、船首で投げつづけているが、なかなかヒットしない。船長は、丹念に船を根に沿って流し出した。

僕は船長の横に座って、ウーロン茶を飲みながら、話を続けた。

「僕は沖縄では、リリースは無理だと思ってました。10年八重山に住んでみて、自分一人黙って逃がしてやっていれば良いと思ったこともあったりして、よくテレビや雑誌が来て、有名なアングラーが来る。

そしたらその時だけ逃がしてやる船が多い。それは内地の有名人のエゴと沖縄のずるさの表面的な折り合いであって、雑誌の紙面、テレビには、逃がしてやっているように見える。

だれも本質をつこうとしない。日本のマスコミの自然や海や魚に対する認識の浅さを、嫌というほど感じてしまうと、僕は何も言わなくなった。」       

「・・・・・・・」船長はうなづいて、真剣な顔で聞き出した

「気がついた人がね、黙って続けることこそ、リリースという文化を根づかす早道かもしれない。一人で孤立しても、自分の考えを貫いてみる。そういうことじゃないですかね。逃がす喜びは、逃がした者しか分からないから、港で言葉にする必要は無い。」と僕が答えると、何かホッとした顔に、船長はなった。 

 

遠くに時折光るものがある。

海のかなたに白い水飛沫が、日中の太陽の光に乱反射させている。しばらくルアーをキャストしていると、今度はかなり近くで、潮を噴水のように高々と吹き上げるのが見えた。

次の瞬間、その横から巨大な黒い物体が天に向かって跳ね上がろうとするが、あまりに巨大であるために体をねじり、仰向けにけたたましい水しぶきとともに落下した。

クジラである。それも10mはあろうかという、ザトウクジラである。時折目をこらしてみると、大きな尾びれと、背びれが、交互に海面上に跳ね上がっている。  

「3〜4頭ぐらいの群れですね」と森山船長がおだやかな顔で答えてくれた。

彼は、船長暦10年のベテランで、この慶良間の海の根という根、潮という潮を知り尽くしている。

「ちょっと近づいてみましょうか」と船長は言って、舵を切った。

クジラは深く潜ってしまったみたいである。3分がたった。

「5分ぐらいで、でてきますよ。 飛び出したところがシャッターチャンスです。」

と、船長はあたりを見渡しながら船を止めた。あたりの海面は、北風にあおられて、風波が白く立ちはじめた。

突然前方で、海面が盛り上がり、胸びれのあたりまで、巨大なクジラが飛び出した。僕は、一瞬ボーッとなり、あわててシャッターを押したが、間に合う筈がない。それきりまた再び、海面は波だけになってしまった。すごい大きな動物を見ると、人間は妙に穏やかな心になるらしい。

 

 

午後にに入ると、儀志布島と黒島の間の水路に浅い瀬が川状に伸びている所があってベイトフィッシュの群れが浮いていた。ゆっくりと風上から近づき船長はエンジンを切った。

船首にいた僕と、宇座君が思い切った遠投を試みる。ルアーはちょうど、狭い2つの根の間に浮いているベイトフィッシュの群れの上に落ちたと思うと、引きはじめた宇座君のルアーが消し飛んだ。

「鈴木さん、掛かっちゃった!」と彼は始めてヒットさせた喜びと不安とで叫んだ。

僕は「フッキング!」と言いながら、自分のルアーを素早く回収しようとした。瞬間、下から突き上げるようにGTがバイトした。根があるので、少しロッドで魚を誘導してから、ドラグテンションを上げて、一気に勝負にでる。

「あ、はずれちゃった!」と宇座君の残念そうな声が隣でした。

僕はゆっくりと、慎重に浮かせてGTを船長にネットランディングしてもらった。

写真を撮って、すぐにリリースしてあげると、元気に海に帰っていった。みんなの笑顔が魚が見えなくなるまで、海に向けられていたことは言うまでもない。

 

 

その後、何匹かのGT.があがり、夕方近く港に帰った。

知念君が「いや、楽しかったですねェー!」と大声で言うと、船長は昼間の会話を思い出したらしく、ニヤッと目を伏せて、やさしい顔で笑う。

真っ黒に日焼けした顔は、歯の白さと目の輝きだけが目立っていた。 

沖縄はこれから夏がやってくる。3月〜4月は、若夏と書いて、沖縄の言葉でウリズンという。

一番爽やかで、気持ちのいい日が1ケ月ほど続き、梅雨に入るのである。

後日座間見沖で釣れたセイルフィッシュ。アングラーは、広野君。

 

活躍したタックル

ロッド: GIANT86  BIG GAME86

ルアー: ロングペン110、クレイジースイマー

ライン: バリバス アヴァニー50LB 10×10 6号

リール: VAN STAAL VS300