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サムネイル34回

多良間島釣記

日本で一番きれいな島より

 

夏至南風

帯状に高く流れていた高層雲が消えて、海の上に綿飴をちぎったものを並べたような、柔らかい雲がプカプカと浮いている。じりじりとする陽射しの中で、セミがうるさく、ビイビイとさらに暑さを、あつい、けだるいものにしている。    

ゴムの木に似た葉を持つ、ヤラブの並木道が、みごとな点描の光と影を、道に映しながら港へと続いていた。

僕等は釣竿を持って、トボトボとうつろに歩きだしたのだが、午後の夏の陽射しは青い海へとつながる、真っ白に加熱された殺風景な港に、飛び出して行く勇気を遮ってしまう。 

「梅雨は開けたよね?」と船長の勝也さんが尋ねる。

「今年はカーチバイがまだゆるいね」と答えた。

「来週の海神祭まで、気象台も待ってるのかもね?」と言って、船長は笑った。

沖縄は、梅雨が開けると、カーチバイという強い南風が吹くわけで、漢字で書くと、夏至南風と書く。

この湿った生暖かい風が、日本列島に停滞する梅雨前線に、せっせと雨の素を送る。だから、九州も大阪も、東京も、もしかしたらこの南海島の海の水が蒸発して風で運ばれ、雨になっているのかもしれない。

 

 

水納島へ向かう

多良間島の北の港を、ゆっくりと出港すると、すぐに海が濃いブルーに変わった。

「水がきれいですね」としみじみと山田君が言うものだから、ボートの上から改めて海を覗き込んでみた。いわゆる群青である。まじりっけなしの深青である。アクリルの強い色調の青を、透き通らせた青である。英語で言えば、ウルトラマリーン、これの方がぴったりかもしれない。

世の中には、あまりに色が強すぎて、かえって絵に描けない色がある、強いて言えば、そんな青である。海は本来青いのであるが、それに色々なものが流れ込み緑色になり、土色になるが完全な混じり気なしの青というものは、海の青である。 

「なんか、クリスマス島にいるみたいですね」と山田君が前方を見ながら言う。

「じゃ、あの水納島がクックアイランドってとこ・・」

「ねエ、白い砂がね、とても日本の島とは思えないですね」と指を指す。

彼の心の中に残っている遠い南の果ての砂の島の思い出が、くっきりと見えているのだろう。真昼の夏の陽射しは、白い砂をあまりにも白く、青い海の中に浮かび上がらせている。

海の水がきれいなことが、珊瑚石灰でできている白砂を更に白くするわけであるので、沖縄の各地で起きている、赤土流出や汚水の垂れ流しが、海辺の白砂を黄土色に変えてしまった。土地改良事業が、農業振興の切り札であった時代は、海に多くの犠牲を強いてきたのである。

それは、町からの家庭排水やリゾートから流れ出る汚水も含めれば、僕の住んでいる八重山でさえ、自然の還元能力をはるかに越えてしまっている。

「海に流せば綺麗になる。海がどこかに運んでくれる」という考え方は、よく言われる「水に流そう」と似ている。だが、流された海や川や湖は、たまったものでないことは、押して知るべしである。水に流せば溶けて無くなるわけでは無く、一時的に目の前から強いて言えばゴミやものを捨てた人の前から見えなくなるだけのことであって、そのゴミやものはどこかに依然として、ゴミやものとしてあるのである。

モンゴル人は、決して川におしっこをしない。だから「水に流そう」などという言葉もないのではないかと推察できる。

 

 

島に成り損ねた瀬

「水納島の向こうに島に成り損ねた浅瀬があるんだけど、波がね、いつもは、大きな波がたっていて、近づけないが、今日は大丈夫みたい」と勝也船長が誘うものだから、行こうということになった。潮目を越えて、30分程走ると、水深6〜7mの広々とした瀬が見えてきた。                「潮がね、風と一緒だから、この辺から流してね、瀬にもって行こうよ」と船長は、瀬の南の端に止めてエンジンを切った。

皆がルアーを投げはじめると、海底の地形がはっきりと見えるものだから、下から襲いかかってくる魚も見えるのである。後部で投げていた山田君のロングペンに、横っ飛びにGTが飛びつく瞬間を、僕はスローモーションのように見ることができた。

魚は反転しラインからロッドに、ロッドは強い弾性力で魚に向かい、アングラーは更に強く筋肉を震わせながら引きつけ、対峙するわけで、その間は細い一本の釣り糸で結ばれていた。ロッドのトップが、小刻みに振動していたが、ピタリと止まった。山田君が素早いポンピングでグイグイとラインをとると、魚は方向性を見失い、アングラーの意とする方に向いて来た。            

「駒井さん、ハンドランディングやって見る?」と僕が問うと、「いいすよ」と言う。

ショックリーダーをもって浮かせたものの、尾のつけ根を持つのにてこずっている。

「ショックリーダーを回しながら」と声をかける。 駒井さんは、ショックリーダーを回し始めると、GTも同心円で回り、完全に浮き、素早くハンドランディングした。

バケツで海水をかけて、あらかじめ冷やしているデッキに置いて、更にバケツで、エラに海水を次々に流し込む。バーブレスフックを外して写真をパチリ。すぐにリリース。   

「やあ気持ちいいスネエ!」と山田君。

「ハンドランディングは簡単だよぉ。!?」と北海道なまりで駒井さんが笑っていう。

ランディングの方法には色々あり、魚種によっては、手で魚に触れることが魚にとって致命傷になることがある。だからハンドランディングが全ての魚のランディングに通用するものではない。小型のGTや、小型魚はショックリーダーをもって持ち上げ、ペンチでフックを持って、魚に触れること無くリリースできるはずであるが、大型のGT.になると、ルアーにトリプルフックが付いている限り、海面で外そうとすると、外す側にかなりの危険を伴うことになる。

海面で持ち上げることなくリリースすることがベストではあるが、尾へい(尾のつけ根)にセイゴ(鎧状の固い出っ張り)が発達しているGTの場合は、ホールドバイテイルの方法が、今の所ベターな方法であろう。

 

 

新しい港

夕方近くに港に帰ると、斜陽が海をオレンジ色に変え,西の方に見える石垣島の平久保半島が紫灰色の影となっている。殺伐とした真新しい港に、三角の波消しブロックが無造作に転がっている。

乾いた赤土の山が、港に放置されていた。風が吹けば砂塵となり、雨が降れば泥流となるのに違いないのだが、今はただ、ひび割れて、かたくなに沈黙を保っているのである。たまに来る観光客は、もっと情緒を求めるのであるが住んでいる人の離島苦を思えば、単なるセンチメンタルに過ぎないと言われるかもしれないが、海の汚れは、こんなところからも始まるのである。

 

活躍したタックル

ロッド: GIANT86  G.TREVALLY 8

リール: シマノ ステラ8000H 

     ダイワ EXi5000

ライン: モーリス アヴァニー 50lb

     バリバス 130lb、200lb

ルアー: ロングペン100 クレイジースイマー100

 

取材協力 菊山丸 羽地勝也船長 09807−9−2253