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サムネイル46回

カヤンゲル島釣紀

イソマグロとキハダとサメの島から

 

コンチネンタル432便は、マニラより南下してレイテ島から東へと針路を変えた。

太平洋上を更に南東へ進むと、わたあめのような積乱雲の卵が子供の遠足のように綺麗に並んでいる。眼下に見える海は高度1万メートルにもなると、うねりさえも小さなキラキラと眩い光になり、ただ青い広がりでしかない。

しばらくすると、かすかな靄の中に島影が見えだす。やがて、ライトブルーのサンゴ礁が見えたと思うと、緑色のマッシュルームの頭の部分をいくつも海に浮かべたようなパラオのシンボル、ロックアイランドが見えてくる。

ここで飛行機は大きく旋回し、一旦パラオ本島のマングローブの生茂る川や、熱帯雨林の森の上を東から回り込んで、小さな空港に着陸した。いつもながら、サービス満点のパイロットである。

小さな飛行場の小さなゲートを通ると、先に来ていた釣友の平山さんが待っていてくれた。太幸さんはパラオ在住15年という、ダイビングとルアーフィッシングのエキスパートで、ガイドの久米君やマラセさんの上司にあたる人である。

「昨日ね、GT出ましたよ!」と、開口一番に平山さんが言う。

「天気が結構安定しているので、明日からの釣りはバッチリですよ。久米君が結婚式で日本に帰っているので残念がっていました。」

「マングローブの川の中、結構楽しみにしていたんですけど、次回にします。」

「カヤンゲル島にね、一泊でと思っているんです。それで、ガイドはぼくがしますから、どうですか?」と、太幸さんは嬉しいことを初めから言ってくれるのである。

 

次の日、ベラウツアーの事務所に寄ると、前回書いた時のアングリング誌が置いてある。本来、久米君に送ってあげたのであるが、それにそなえたぼくの手紙も挟んであるのである。何を書いたかなと思いながら読んでみると、

「人間も魚も虫も植物も、バクテリアさえ、水と大気で生きているのです・・・」と、まあ当たり前のことを当たり前のように書いてあったので、時たま過激な手紙を書く癖のあるぼくは、何となくカッとした気分になった。

「パラオは今、本当の意味での孤立をしなければならない時期に来ているのです。観光と自然、そこに住んでいる人とのバランスが問われているんです。」と、太幸さんは、数年後に迫っている米国からの経済的な自立に向けての、この国の憂いを覗かせた。

町のあるコロール島からカヤンゲル島までは、60マイル、ボートで2時間半の距離である。原始の森を育むパラオ本島(バベルダオブ島)伝いに北上して行くと、所々に真新しい小さな港が出来ている。

時たま、人が一杯乗っている小舟とすれ違う。すぐに手を振ると、そのうちの何人かは手を振ってくれる。

「台風の無い島は、のどかですね。」と太幸さんに言うと、

「何年か前に大きいやつがやってきましてね、大木は倒れるし、船は沈むし、大変でした。」と言う。

北緯10度以下に、台風は来ないというぼくの認識はここ何年かですっかり崩れてしまっている。地球の温暖化と異常気象に、どこに行っても悩ませられるのは釣り師の宿命のようなものでもある。

 

 

 

ミノーを投げるとキハダがヒットする。

リーフ内の水路は、波一つなく穏やかである。時たま、白いヒメアジサシがリーフエッジで群れている。

「あれ、カスミとカツオでしょう?」

「ちょっと、やってみますか?」と言うので、ぼくは小さなスイマーをバラムンディ用に作った5.5ftのロッドに付けて投げてみると、ブルーの美しい鰭を持ったカスミアジが入食いになってしまった。

平山さんも太幸さんも、ぼくのロッドで代わる代わる釣り始めた。なかなか引きの良い魚である。

50マイル来た時点で、コロール島から延々と続いていたリーフも、このテールトップと言われている魚の尾の形をした所を最後に、外洋にクルーザーは出るのである。

「リーフがここで切れていますから。」

「この辺は、7月頃からキハダマグロの群れが入ってくるんです。そうするとね、もう500m四方、海が沸き立ってね・・・」と、心が躍るような話を太幸さんは続けた。

群青の海は、昼の光の中で更に青さを増して輝き出している。セグロアジサシが一羽、西の方に飛んで行くのが見えた。

「アジサシはね、魚のいる所が判ると、ああやって真っ直ぐ飛んで行くんです。ぼくはボートに乗っている時は、よく後を追っかけてきましたよ。そうすると、石垣島のこの季節だとオオバンという10kg以上もあるカツオが沖にいるんです。その下にね、10年やっていて一度しか見たことが無いんですけど、クロマグロがもの凄いスピードで、カッ飛んでいるんです。」とぼくは、しばらく帰っていない自分の住む島を思い出しながら言った。

 

写真左:今回使用したクルーザー         

 

遠くだった島影は、いつの間にか幾つもの島が現れ、その周りで波が白く砕けている。ライトブルーのインリーフと真っ白に輝く白い砂浜が中央で長く延びていた。島全体は、こんもりとした低樹林に背の高いヤシの木が何本か見える。

リーフ沿いに移動し、ボートは北西のリーフチャンネルに入ると、速度を落とした。幅が100mぐらいあって、島の方に行くにしたがって浅くなっている。が、潮は速く流れているが、風と同じ方向に同調しているので、返ってベットリしてしまっている。

「魚探に何か映っていますよ。への字の大きいヤツ。水深100mで80mの所にいます。」と太幸さんは興奮している。

ぼくも平山さんも300gのジグを一気に落とし込んでいくと、ボートは少し風に押されて、ラインは斜めになりだしたが、水深100mぐらいでは気になることではない。

底を上手くとってジグを巻き始めると、隣にいた平山さんのロッドが大きく曲がってから、ラインが飛び出していく。

次の瞬間、ぼくの方にも鈍いアタリがあったので、押さえて込んでゆっくりとリフティングしだすと、グーンと持っていかれて、ショックリーダーを切られてしまった。

 

平山さんは結構マジ顔になって、10分ほどファイトしていたが、

「なんか、軽くなっちゃった・・・」と言いながら、あと30mラインを巻くと大きなイソマグロの頭とジグだけが上がってきた。

「これ、胴体付いてたら70kg以上あるよね・・・」と、悔しながら言う。

「魚も多いけど、サメも結構多いみたいだね・・・」と、ぼく。

「これでも、サメは少なくなったってアメリカの海洋学者が言ったりして、どうなんでしょうね?」と太幸さんは話を濁した。

すぐにジグを落とすと、底から20mの所で再びヒットした。今度は小さいのでラインを出さずに一気に上げると、15kgぐらいのイソマグロがすんなりと上がってきたが、後ろにサメがゆっくりとくっついて来たのである。

「サメとのイタチゴッコですよね。また、夕方やりましょうか?」と、ぼくはリーフエッジの方へ目をやった。

「この島の北西の沖に浅い瀬があるんです。そこにね、なんかデカイGTがいるみたいですよ。」と言われると、ぼくは気がそわそわしてしまう。

サメが釣れると、最短でショックリーダを切ってリリースする。

 

ダラダラとした水深10m前後の瀬は、かなり広大に広がっている。潮がちょうど止まっている時間らしく、ベットリとしたサファイアルビーの海である。

所々にベイトフィッシュが浮いていて、ここは潮が動き出したら凄いんだろうなと思うと、またウキウキしてくる。

そのうち、かすかに白く見える根が見え出したので、ぼくは思い切って遠投を試みた。

すると、引き始めたクレイジースイマーの緩やかな航跡の後に巨大な頭が浮いて、少し左右にロールしながら、一気にルアーに襲い掛かった。ぼくのロッドには鈍い思いアタリが伝わってきたが、ルアーに魚はのっていない。大魚は2回ローリングするようにバイトを繰り返したが、そのまま群青色の海に消えた。

「今のデカイGTですね!!」と太幸さんが笑った。

「ネェ、デカイよねェー」と、ぼく。

 

 

写真右:10kgぐらいのGTを太幸さんがハンドランディングしてくれた。ルアー ロングペン

 

夕方、カヤンゲルのリーフ内にクルーザーを入れると、夜の闇が近づいてくる。雲一つ無くなった空には、まさに満天の星が広がっていた。

「あれが、サザンクロスです。」と太幸さんが南方を指差す。

「そしてね、あの横に一際光っているのが人工衛星です。」

ぼくは、むしろ水平線近くにボーッと光っているヘールボップ彗星を見ていた。

「あの彗星も見納めですね。」と、独り言のように呟いていたのである。

夜風は、そよそよと日焼けした顔に心地よい。海は更に暗さを増していくのだが、時たま光るものが見える。それは、きらきらとボートに近づくにつれて、無数に輝き出したのである。ぼくは、アウトデッキのタラップに出て、両手で海水をすくうと、手の中に小さな宇宙のように夜光虫が光って見えた。

 

写真左:ベラウツアーの波止場で記念撮影。左から太幸さん、パラオ在住20年のケンさん、デッキボーイの少年、平山さん、そしてぼく。

写真右:パラオで偶然出会った古い釣友、山梨ブルーダンの一向

 

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