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サムネイル62回

アイランドポッパーで行く島々 後編

女神の横たわる島 コスラエ

 

古代の伝統と文化が生きづく島
伝説は語る。1人のあまりに美しい乙女に嫉妬した神々が、コスラエの島に彼女の体をはりつけてしまった。そして彼女は島の人々の女神になった。
緑の稜線に、美しい女の顔の側面から、体全体が山々に刻み込まれていた。夕日がかすかに、頭の上にある冠型をした山にけだるく沈みかけている。
紅色のインクの海に、女神になった女の影が黒々と映っている。マングローブの河口が穏やかな暗闇に包み込まれはじめ、紅はさらに沖へと拡がっていた。
午後6時30分、ボートはゆっくりと入江から外洋へと、漂うように出ていった。無風の海の遠くに、ザワザワとした揺らぎが丸く固まったかと思うと、半月を描きながら移動し始めた。さらに固まりは拡がりながら大きくなり、時に、少しだけれど縮んだりしながら、こちらへ近づいて来た。僕は距離80mでボートのエンジンを切らせる。突然静寂が僕とその揺らぎの間に走る。キャスト。
放物線を描いて、30p近いポッピング用ペンシルが、飛んでいく。PEラインのシュシュというロッドのガイドを抜けていく音だけが、心地よく響いた。弾道の先が、揺らぎの中央に着水すると、バシャッと揺らぎ全体が海面から飛び上がった。僕はルアーを小さく2回しゃくって、1秒間ぐらいポーズをとらせる動きを繰り返した。
シャシャシャ、バホバホ!シャシャシャ、バホバホ!
揺らぎから外れたルアーは、なおも動きを繰り返している。かすかな盛り上がりがルアーの後方で起こり、次の瞬間、穏やかな海面を突き破ったGTはルアーに襲いかかった。静寂を、そして釣り人を、圧倒し、無視するように魚は夢中になって突進するが、背中をかじり、頭をかじりしながら、なかなかフッキングしない。やがて怒り狂ったGTは魚体を空中に飛び上がらせた。無数の水滴が一瞬、花火状に飛び散り、夕日の光の中に、オレンジ色とも、紫色とも影ともつかない、不思議な色の花を咲かせた。心地よいリールのアドレナリンサウンドが、釣り人と、魚とのファイトの始まりを告げた。
コスラエは、グラムから7つの島を点々として、15時間をかけてハワイに至るコンチネンタル956便、通称アイランドホッパーが立ち寄る、ポナペの次の島である。
紀元前、熱帯アジアを出発した海の民はミンダナオ、パラオ、ポナペ、コスラエと、次々と王朝を作りながら拡がっていった。とりわけコスラエの王朝は、巨大なカタマランカヌーを操って、かなり遠くの島々まで、支配下に置いたらしい。

 

 

ダイビングショップ、フェニックスの伊藤君とは、6月にビキニに行く際、飛行機故障によって、コスラエに着陸した際に知り合った。この奇遇が無ければ今回の釣行は無かったはずで、世の中、何が幸いするかわからない。コスラエ島は元々火山島で、それが風雨によって浸食され奇妙な形の山々を作りだしてきた。日本の統治下に置かれていた戦前は、南洋材の切り出しが盛んに行われていたらしく島の西側の熱帯雨林は今までもそぎ取られている。一度失った森が再生するには1000年以上かかると、ある本で読んだことがある。島のあちらこちらにマングローブの森が太くて短い川なのか、入江なのかよくわからない所に、広大に繁っていた。その中に電気も水道も無い、いくつかの集落があって、彼らは道路も電気も拒否しながら、生活している。
つまり、文明の根本である道路や電気、水道を拒否することによって、昔からの伝統と文化の中に、生きているわけである。彼らは文明と文化が同意でないことをよく知っているに違いないと思った。
次の朝、まだ真っ暗な早朝に、フェニックスの宿を出て港に向かう。島は金曜日はほとんどが休みなのである。つまり週休3日という。では月曜から木曜日まで、仕事をしてるのかというと、時間の流れがあまりに我が日本とは違いすぎている。例えば僕が着いた木曜日は、高校の運動会をやっていて、その応援で、ほどんどの施設が休みであった。ラジオの実況放送が、この島の人々を熱くしている。中学生や高校生は、スレンダーな感じがするけれど、大人の女性は、かなり太い感じで、大地の神たる母神から来ている、美的感覚が、南洋の島々に今もあるわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、暗い少し穴の開いた、舗装道を港に向かう。まだ夜が明けておらず、赤道の近くは、極めて正確に午前6時に朝を迎える。
「金曜日はもう公共は休みなので、レロ島の方にボートをまわしてありますから」と伊藤君が言う。
 日本の海外援助で作られた、いつも使っている港は、公共のものなので、金曜日から日曜日は閉鎖されてしまうらしい。
 ミクロネシア連邦では、週休3日制をとっている。我が日本を考えると、なんとも羨ましい限りであるけれど、仕事自体がそれほどなくて、海外援助に頼り切っている国の当惑が見え隠れしている。
「日曜日はね、完全は休息日になっているんです。午前中教会に行って、午後は家の中でじっとしていなければ、いけないんです。」
 一度日本人が知らないで、ジョギングしたら、次の日のローカルラジオで、日曜日にジョギングしていた人がいた。それは日本人、誰々さんと放送されたりした。だから、日曜日に釣りやダイビングになんてね、とても行けないんです」と伊藤君が苦笑した。
レロ島(LELU)は石造建築の小さな島である。たぶん昔は満潮時のみコスラエ島と切り離されたのだろう。島の中央部まで、小さなカヌー用の運河がつくられ、ケンブ岩や結晶ヘンマ岩などで、建物や道が造られていた。そして王様や貴族だけがこの島に住むことが許されたという。多分、デング熱やマラリアといった蚊を媒体とした、風土病から身を守るためである。
僕の住んでいる八重山でも50年ほど前まで、西表島や石垣島北部に住むことが大変だった。それを、第2次世界大戦の時に、日本軍は、住民をその風土病のある土地に強制移住させて、マラリアでかなりの犠牲者が出たという悲惨な歴史がある。まあこのお話は、またの機会にして、とにかく中世までは、一般人はコスラエ本島、貴族はレロ島と住みわけられていたらしい。
レロの港はさもないコンクリートの壁が海と島を仕切っているという簡素さである。朝焼けは、急速にやって来た。風が止まりベタ凪の海にボートは進みだした。太陽は海の方から昇るのであろうことが、水平線の模様でわかった。暗く閉ざされていた海は、オレンジ色や紫色の赤や、時折緑や黄や群青と、淡い色の小さなゆるい曲面が折り重なって見えると、ほんの一瞬空より海が明るくなった錯覚を、僕は覚えた。次の瞬間眩い光りが一直線に水平線に拡がり、とたんに一点に凝縮されて、朝日が顔を出した。

  

 

コスラエ育ちのキハダ
僕はボートの一番前にロッドを持って座り込み、足を海の方に投げ出した。ボートは島伝いに、20分ぐらい北上してから減速した。伊藤君が遠くのベイトフィッシュの固まりを指している。ゆっくりとベイトフィッシュに近づいたボートは、エンジンを切った。音は消えて静粛が僕を包み込もうとしたが、魚や自然のざわざわとした感動とも脈動ともつかないいぶきを感じるのである。そして自分自身の体内音も同調して、一つの自然の調和を造っているのである。
研ぎ澄まされた釣り人の神経が、ベイトフィッシュの向こうに沈んでいる大魚に標準があった。僕は素早くルアーをキャストすると、ベイトフィッシュの群れの向こう側に落ちて、バシャッと魚が驚いて跳ねたり潜ったりして、ベイトボールが2つに割れた。ロングペンの少し向こうにピンと立った背びれが見える。それは朝の光の中で黄金色に光りながらゆっくりとルアーに近づいた。僕は小さなショートパンプを試みて、誘いをかけるとカメラの魚眼レンズのような、ぬめりとした、美しい、黒々としたおでこが現れてから口が見えて、パクリとルアーに食いついた。僕は一度ロッドをねかせて、ラインをゆるめてさらにルアーが魚に絡んだのを確認してから、思い切りアワセた。
ビューッとラインは一瞬、鉄線になったみたいに直線的に硬直した。リールはズルリと4から5回転、逆転してゆっくりと止まった。僕は下から左手でリールを押さえ込んで、もう一度鋭くロッドをしゃくる。次の瞬間、ラインは海面を切り裂いて、走り出した。海水はラインに絡みつき、薄い水の壁をカーテンが引かれていくように水面から立ち上げている。
ビュービューとさらにラインは勢いを増すけれど、リールからはそれほど、ラインは出されていない。10秒後、ラインはピタリと止まりボートの方に向かって角度を上げはじめる。魚が潜りだしたのである。僕はすかさずラインを巻きはじめると、直下20mのところで魚はとまった。つまり水深が20mしかないことに魚が気がついたのである。
その時の魚の混乱は手にとるように僕にはわかった。僕はロッドと魚をゆっくりと回しながら、リフティングを試みる。水面の光りのハーモニーの間のそこに、ウルトラマリーンの純粋な青の空間が拡がっている。2つのピンとした長いヒレと、キラキラと光腹部が丸く、肉付きの良い弾丸のようなボディが形を結んできた。多分美しさは魚の中でも1、2を争うはずであろう。美形は水面に浮くとき、我に返って少し暴れたけれど、伊藤君の見事なネットさばきの前に捕らえられてしまった。55Lbのキハダマグロである。よくあることだが、回遊しないカツオもいるように、こいつも回遊せずに単体でコスラエの磯近くに住みつき、女神の影を見ながら育ったに違いない。僕は魚を膝の上に乗せてもらって、パチリと写真を撮った。
10時近くなって、少し風が出てきた。すでに4〜5尾のGTを釣り上げている僕にとっては、心地よい。東君が初めてGTを釣り上げた。彼はあまりの嬉しさに、何枚も写真を撮っていたが、両手で魚をもった手を魚ごとそっと海の中に入れた。「ねえ、また来ましょうよ。ここ、いいですよね」と僕の方を見て、いつもの笑顔で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タックル

ロッド: YELLOW TAIL、GT.GAME.T

ルアー: ロングペン100,コブラ100、S-POP

ライン: モーリス アヴアニ50LB

フック: オーナー カルティバ

旅の問い合わせ: ワンダーブルー 03-5791-5686

タックルの問い合わせ: シーマン0792-45-3412