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サムネイル71回

トカラ列島釣紀T

モンスターGTとクールな気合い

 

モーニンググレー
暗闇の中でシレソの和音のような心地よい、リズミカルな音が聞こえてきた。除湿された人工的な冷気が、部屋の中をゆるやかに動いている。僕は狭いベッドの中で、寝返りをうった。目が覚めているのだろうか。

冷え切った体がやけに重く、まぶたをあけるには、あまりにもだるい。
「目が覚めましたか。朝飯、リヤデッキに出来あがっていますから」とマリンチャレンジャーのマネージャーの深田さんが声をかけてくれた。
午前5時30分、冷ややかな風と暗灰色の空に薄紅がさし始めると、朝の息吹が一斉に目を覚まし始めた。

モーニンググレーの空は、さらに黄、橙色と変わった。

 

工藤さんの助言
トカラのGTをという話は、丁度、1年前の98年7月にさかのぼる。トカラの磯から、串木野に帰って、その足で工藤さんに会った。ポッピングルアーの話、深場のGTの話、トカラの地形、ラインブレイクの話など、一通りの情報を得てから、1年が経つ。ちょうどミッドウェイのGT攻略に頭を痛めていた僕は、9月のミッドウェイの釣行を終えてからすぐに工藤さんの助言を元に、トカラ用ポッピングルアーと、リフティング用ロッドの開発に手をかけた。
トカラ用ポッピングルアーの要素を考えてみると、まずルアー自体が海面から飛び出さないことと波に負けないこと。発生する泡が大きく、多いこと。ロッドを上にあおっても、ポッピングができることである。
ロッドはリフティングでのアングラーの疲れが軽減できること。イージーに使え、折れにくいこと。そしてなにより、リフティング性能が優れていることである。

 

新開発のロッドとルアー
僕の考えた概略をまとめてみる。
 @ルアーは、ポッピングルアーで、口部を大きくして、発生する泡を大きく多くする。
 Aボディーは、大きく、長くすることによって、波や風の影響を受けにくくする。
 Bポッピング時に、波長の短い高い波があっても飛び出さない。
ロッドについては
 @新しいカーボンコンポジットデザインを考えてリフティング性能を優先する。
 A6ft前後のショートロッドで60m以上の飛距離が容易出せる。
 B大きいボートの下に魚が入った時、ロッドを立ててもイージーに使え、折れにくい。
 ルアーの@、Aは、大型で大きい泡の破裂音と低周波を生みだすポッピングトップを開発し、Bについては、引き重りのしないステンレスブレードを、8タイプ作った。
 ロッドはモンスター5.6ftをベースに、低カーボンコンポジットにし、6.1ftのブランクを設計し、テストは、モルジブとバリ島で行った。

 

口之島沖のポイントへ
15分走ったところに広い瀬があった。工藤さんは慎重に地形と風と潮を読みながらボートがどのように流れるかを計算し、アングラーの異なる飛距離を考慮にいれながら瀬に対する船の位置を決めた。
1流し目、地形をマイクできっちりと説明してくれた。根の大きさや、形状はファイトに入る時のアングラーにとってかなり重要な情報である。
「スリットの深さはどのくらいですか」と僕は質問すると、「深さは、5〜6mで、溝が長く伸びています」「1度、20〜30m外側に出てから、ゆっくりと根に入ります」 GTフィッシングの初心者に、投げやすい船首へ行ってもらい、ぼくは前から3番目からキャストを始めた。

15分ぐらい投げると根の終わりがきた。再び少しずつポイントをずらしてまた流す。

 

巨大なGT現れる
ボートが5回目の流しに入ったとき、ぼくは何かを感じて、素早くキャストに入った。
1投目、海がお盆のように盛り上がってから、巨大な魚の口が現われ、ルアーが海水ごと吸い込まれていく。

巨体が海面を割って飛び出したが、あまりの大きさに横に倒れて水飛沫を上げた。が、魚はゆっくりと潜り始めた。
僕のショートロッドはスローモーションで弧を描いて、しなって行く。それでもラインは、まだ飛び出すことをためらっているし、リールは錆た金属をすり合わせたようなギシギシという音を発し、ラインは、キューンという、PEライン独特の、糸鳴りが起こっている。突然スローに流れていた時間が、急に元の時間に戻った。
ぼくは、我に返って鋭くあわせた。
ステラ1600の、アドレナリンサウンドが、心地よくなり始める。
ラインは、海底に向かってひた走りに、走り出す。GTを押さえ込むようにスプールを押さえても、無駄のように出るラインのスピードは変わらない。それでも、しつこく押さえるとやっと速度が落ちた。

「水深20m」と工藤船長の声が、心強くスピーカーから流れる。つまり魚が真っ直ぐ潜ったとして、20m以上のラインを出してはいけないということなのであるし、水深20m前後で勝負がつくということなる。
ヒットポイントが、自分から50m前方であるから、15mラインが出されている今、アングラーから魚までの距離は約65mという計算になる。

 

 

海底の壁
魚は、ラインを出さなければ、深度を得るために、ボートに近づきながら、海底のスリットに移動して行く。それをリールで素早く巻き取りながら、ボートが魚に近づくスピードを計算してリフティングにはいる。早ければ良いというものではなく、泳がせすぎるとすぐに根に回られたりする。大体、巨大なGTの場合は、早いリフティングは無理なのであるからして、潜らせないことのみを心がけるのである。
「水深は?」と僕は大声で聞くけれど、なかなか工藤船長の耳には届かないらしい。それとも、ほんの数秒が、アングラーにとっては、長い時間に感じられるのだろうか。僕はちょっとした、苛立ちをおぼえた時、「12m!」という声が、耳に入った。
「壁が有る」と心の中でつぶやいてから「間に合うだろうか」という自問を問い掛ける。
体は、無意識のうちにすばやいリフティングの体勢に入っていた。両手を使うリフティングは、利き腕が中心になる。概して僕もそうなのであるが、利き腕でない方から、疲れてくる。この時、利き腕を酷使してしまえば、釣りの勝負に負ける。つまり、利き腕で、他方をかばいながら、利き腕を疲れさせなければならない。
“ギシ“といういやな感覚がロッドに伝わってきた。「間に合わなかったか?!」
ラインはボートの下に完全に潜っている。船首からロッドを回して、右舷に出てしまったほうが、もちろん楽なのであるが、今はその時間がない。とりあえず、魚を10mラインまで、押し上げることの方が、先決なのである。
奥田さんが、僕の前に回ってビデオを撮っているが、その間に大きなアンカーブリッジがあって、行く手をさえぎっていた。冷静に状況を説明するなら、左舷コーナーに追い込まれて魚は、壁際によって、ボートは大きな根の浅場の方に流されているということになる。ぼくは無理矢理フットポンピングとアームポンピングを連動させた。
5秒後、魚もスーッと2〜3mあっけなく浮いた。「間に合ったか」思ったとき、「水深15m! 少しずつ深くなって行きます」と工藤さんの声が響いた。つまりこの船に付いている全方位魚探が、これからボートの動く進行方向の地形を、捕らえているわけである。
僕はアンカーを乗り越えて船首に立った。一気に勝負に入らず、着実なリフティングを心がけた。
少しずつ浮いてくるGTは、すでにあきらめているに違いない。4分の攻防は終わった。


  

 

クールな気合
ところが、巨体が前方に浮いたとき、近づく4mぐらいの、褐色の魚がいる。ゆっくりと回りながら、くねくねとしながら、ウェイティングしている。
「ネットを見せればサメはおびえますよ」と言って、深田さんがサメの方にネットを向けた。

GTに40pまで近づいていたサメは深みに消えて行く。ところが、ランディングに入るとGTが大きすぎて、なかなかネットに入らない。以前、53sのGTをスポッと取りこんだネットに、この魚は頭だけ入るのがやっとである。何度試みても、網から後ろ半分がこぼれてしまうのである。
見るに見かねた工藤さんが、操舵室から飛び出てきた。
「でかすぎるから、ギャフであげましょう。」
リリースギャフを魚の口に打ってランディングした。3人がかりで、持ち上げて、すぐに深田さんが、海水ホースを魚の口の中におしこんだ。少し呼吸を整えさせてから、抱っこしたり、持ち上げたりして一通り撮影をして、リリースした。1m60pの40sオーバーのみごとなGTである。
「ファイトタイムは4分ぐらいですけれど、ランディングがてまどって6分ちょうどですね、腕のいいアングラーの半分以下ですね。ビデオしっかり撮りましたからね。あの両手の手の動き、ロッドワーク、見ごたえのあるファイトでした」
「大きい魚を止めるには、どうしたら良いのでしょうか?」と深田さんは続けた。「一言で言うなら、クールな気合です」

 

 

 

 

トカラに思う
多分このあたりが、GTの棲息の北限であろう。この火山列島の断崖はそのまま海底地形も厳しくしている。黒潮が東シナ海から太平洋にぬける地点にあって、海流が激しい流れを作る。
大型のベイトフィッシュの群れ、それを狙ってやってくる肉食魚も大きくなる。赤道の暖かい海に多いGTは、トカラに至って海水温の低下が、さらに体を巨大化させた。
ぼくは、この1尾のために色々と工夫をこらし、トカラにやってきた。そして、念願の1尾に会えた。
釣りとは、準備を楽しみ、想像を楽しみ、釣を楽しみ、やがて思い出を楽しめる。

 

 

タックル

ロッド: MONSTER CC、YELLOW TAIL BG70

ルアー: S-POP120、S-POP BIGHEAD

リール: シマノ ステラ1 6000

ライン: モーリス10×10 6号

 

旅の問い合わせ:キャプテン工藤 090-1871-0322