トップページへimg

サムネイル72回

トカラ列島釣紀U

ニヨン岩礁磯のGT

 

 

 

 

 

 

マスターの習慣
朝がゆっくりと明けて行く。
前夜、鹿児島県串木野からボートに乗り込み5時間かけて、トカラ列島北部に位置するニヨンの磯に向かっていた。午前4時30分、僕はライフジャケットの紐を締めなおして、フロントデッキのおどり場に立った。弟分の松本君が、せっせと手際良く荷の点検をしている。「いつでも飛び出せますよ、兄貴、今年は何かある予感がしますね!」
黒々とした岩が船の前に立ちはだかるように迫ってきた。
クインエンジェル7号の上玉利船長はあいも変わらず、見事な磯付けを見せる。メンバーは松本君に広島の味処「むつごろう」のマスター平川さん、そして僕である。去年のメンバーはマッチョ兄いの熊谷君とムッツリ博士の近藤君が加わっていたけれど、今年はそれぞれがリーダーで他の磯に乗る。
ニヨン岩礁トカラ列島北部に位置し、直径50mに満たない小さな岩が1q四方に、20〜30点在している。

多分昔は一つの島だったに違いないのだが、それが波、風雨にさらされて侵食され、今日に至った。
僕たちの乗った小さな岩は、岩群南端の灯台岩の横にあって、潮が川のように流れ、大波が来たらまずひとたまりもない。
「サンドイッチ作りますから」と松本君がせっせと、朝食の用意をする。
白々と夜が明けてヘッドライトを使わなくともいいくらいの明るさになってから、キャスティングを始めた。直ぐに、潮上で投げていたマスターの10ftのロッドが曲線を描く。ジーとラインが飛び出して行くけれどロッドが立たない。10秒後ラインブレーク。
「マスターは、朝一番、良くかけますよね」と松本君がはやした。
「昨年もね、朝一番、ジーとね、習慣だね」とにこやかに笑った。

 

磯から海を見る
磯に立って海を見ることは、最も重要なことである。
海を見るということを具体的にいえば、潮と波、それに海底地形、そしてどこでファイトして、どこで取り込むのかをあらかじめ決めておくことである。
潮と波と地形でGTの潜むところを推理して、魚の方向を考える。闇雲にキャストを繰り返すのではなく、GTがルアーを攻撃したくなるところで、ルアーをアピールできればヒット率はかなり上がる。逆に間違ったところにキャストすれば、GTは驚いて逃げてしまう。コマセをまいて寄せる手もあるのだけれど、あえてルアーにこだわるなら、優れた推理が必要となる。特に、朝の投げ始めの10投ぐらいで居付きのGTとの勝負が決まる。次は、回遊してくる魚を待たなくてはならない。今度はベイトフィッシュと回遊コースを読んで、ひたすら投げつづけることになる。
潮上は、朝一で、マスターがかけてしまっている。やなぎの下に2〜3尾いることも、もちろんあるのだけれど、松本君に任せて僕は潮下を見た。

 

潮下のGT
直径15mたらずの岩は、切り立ったトゲトゲの岩肌で、転んだら最後である。潮は渦を巻いて足を洗い、時折イスズミの群れが、ジャブジャブと口をあけて通って行く。ぼくは、まず、足場を確かめるために周りを見渡した。波うち際に、小さなテラスがあるけれど、そこでキャストしてヒットしても全体が見えないのでパスし、岩の上部に40cm四方の平らのところがあるのを見つけた。取り込みはさっきの岩のテラスの右側にVに切れた波岩があるのでそこに乗せてしまえば良い。
前方の潮下を見ると、右30mのところに水深10mぐらいの沈み根がある。GTは多分そこにいる。岩の上か、岩の横か、いずれにしても、こちらを向いてホバーリングして小魚を狙っているに違いない。目の前、頭上前方を斜めにルアーを通してやればヒットするはずだ。ヒットしてから、この根の向こう側にGTが泳ぎきってさらに潜ってしまえばラインブレークである。つまりGTをヒットさせてまず根の上で止められるかどうかが、鍵を握るのである。
1投目、根を斜めにさえぎる形でルアーをキャストした。少し遠くから慌てずにゆっくりとパンピングを繰り返して近づける。5〜6回パンピングをしたところで、根の上に到達した。影がスーと根の横の深みから近づく。影はゆっくりと慌てず何食わぬ顔で、狙い済ましてルアーに襲いかかった。狡猾、悠々として急いだのである。

 

ニューガイドスーパーオーシャン
バコッと呑み込み、GTは反転を試みようとする。僕はこの反転の機会を見逃さず、鋭くアワセた。バシャ、バシャーと、潜ることの出来ないGTは、暴れ、もがき始めたが、1秒もしないうちにリールからクリック音が聞こえた。僕は直ぐにスプールの下からリールを押さえて、ロッドを立てる。

きれいな曲線で、トカラの磯用に開発したロッドは曲がっている。ヒューとPEラインが風を切る。キャステング性能を向上させ、強度アップされたニューガイドは何の損傷もない。このガイドは僕も開発の一端を担った、富士工業のスーパーオーシャンガイドである。申し分のない強度と軽量化、極限までバレル研磨したリング部のシリコンカーバイトは、ラインの負担を小さくしてくれているに違いない。

 

 

まさかの攻防と奇策の一手
魚は、あまりラインを出すことなく、まっすぐに海に潜り始めた。が、5〜6m潜ったところでピタリと止まった。海底に突起物が見あたらなかったのだろうことは、想像できる。僕はロッドを右に倒して魚の頭を左に誘導してからロッドを左の方に持ち上げた。魚は、僕の誘導通り左の方に泳ぎ出す。

計算どおりである。水深のある灯台大岩との間の水路で、僕と魚との勝負が始まった。右に行ったり左に行ったりと、魚は右往左往するけれど、少しずつ磯に近づいてくる。

このまま、右のテラス横に接岸させればジ・エンドとなるのであるが、左に動き過ぎたGTは、急にそこから潜航し始めたのである。小岩の左サイドは6mほど水深2〜3mの沈みテラスがある。
11ftのロッドでかわせるわけがない。計算が狂った僕は慌ててリフティングを試みたけれど間に合わなかった。魚は完全にテラスの下の深みに沈んでしまった。50LbのPEラインでも、岩に触れればひとたまりもなく切れてしまうのは、当たり前のことである。
僕は、直ぐにラインをフリーにした。リールのベールを起こして、ラインをそのままどんどん出した。つまり潮の流れを利用して、ラインを磯から離し、なおかつ魚に偽りの安心を与え、再び磯から離そうという戦法である。5秒後、魚は初めのテラスに戻ろうと泳ぎ始めた。僕は、いっきにテンションをかけてリフティングにはいる。今度は魚があわてて、海面近くまで自分から浮いた。すばやくコントロールしてランディングの場所に追い込んだ。松本君がハンドでテールを押さえて、マスターが支えた。16sぐらいのGTである。写真を撮ってすぐにリリースしてやると、波の白い泡の中に消えて行った。
「5分のファイトでした。いやー良いものを見せてもらいましたよ」と松本君は誉めてくれる。

弟分の前で良いところを見せられたことで、なんとなく僕は胸を張っている。さらに同じ場所で、もう一発かなり大きいのがバイトしたけれど今度は乗らなかった。

 

中之島の温泉
昼近くボートが迎えにきて、中之島の西港に入った。港から、歩いてすぐのところ温泉がある。

去年、足が肉離れしたときに入った例の温泉である。今年は怪我もしてないので、スタスタと松本君より前を歩いて行く。温泉は海岸にあるのだけれど、作り直されていて、すっかり新しくなっていた。

タイル張りの浴槽、真新しいコック、シャワーになんとなくしらけて浸かっていると、広島のキャッツのメンバーがどやどやと入ってきた。風呂上がり、駄菓子屋で買ったアイスをほおばって、だらだら船に戻った。
「暑いですね、今年も、トカラ」と松本君が、陽炎の立つ舗装路を見て言う。
「夏は暑いんだよ」と、怒るように僕は言ったけれど、僕の住んでいる石垣島は、一年中暑いわけで、その考えで、ぷっと一人笑いをした。
「どうしたんですか?」松本君がいぶかしげに言う。
「この辺にもバナナがいっぱい生えているんだね。1本もらったら、怒られるかな」
「だめですよ、鈴木さん。まだ青いですよ」と松本君は、まじめに答えた。

 

 

タックル

ロッド: TOKALA11, 12

ルアー: S-POP120,BIGHEAD

ライン: モーリスアヴァニ50LB