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サムネイル8回

南の島の小さな遊び

巨匠の夢

忠さんが開高健さんのために作った巨大なスプーンは、もともと中国のハナス湖用のものだった。

「残念ながら、このスプーンをキャスティングした人はいないんだが、一度投げてくれないか?開高さんも投げていない。生きていればチャメッ気のある人だから、すくに見にくるだろう。いや投げると言い出すかもしれない。重さは300g+α、長さは30cm、サオとリールで出来ればベイトリールでフルキャスト。300mぐらいぶっ飛べば、上出来だが・・・・・。」忠さんは、まじめな顔で呟いた。

10mのイトウを釣るために作ったスプーンである。心はほらふき男爵と開高さんは言ったけれど、ほとんど本気だったような気がする。

「じゃ、巨匠の夢を日本の海に投げるんですね。」と答えると、忠さんは大きく頷いた。本当は自分が投げたいんだろうなと思いながら、では開高ファンの代表で、いっちょうやったろうかという気になってきた。

 

 

雪深い新潟、小出町から石垣島に帰って来て、早速300gのスプーンを投げるロッドを作った。南の海にちなんで「キャスティング・マリーン」と名付けたそのサオは10ft、黒一色のかなり太いモンスターロッドになってしまった。

いよいよ、忠さんも遊びに来て、昼休みにモンスタースプーンを投げてみようということになった。うまくロッドはもってくれるだろうか。この1投のためにロッドもスプーンも作られたのだから。

 

構えて、穂先から忠さんが担いできたスプーンを垂らしてみると、なんとズッシリとロッドを抑える手に伝わってくる。バッククラッシュするかもしれないと思ったが、ここは一番、オープンスタイルでフルキャストしようと心に決めた。いよいよキャスティング開始である。

肩から開き始め、手首を残すと、胸の筋肉がギシギシと伸び始める。

ロッドはどんどん加速し始めたが、スプーンは一瞬動こうとしない。ロッドの弾力が頂点に達した時、ようやく動き始める。キャストの瞬間、肩と胸で振り切りながら手首を返すと、スプーンは鈍いブーンという音と共に空中に舞い上がり、飛び始める、ちょっと高く上げすぎたかなと思ったが、飛距離は十分に出た。

スプーンは、日本の抜けるような青い空に失速しながらヒラヒラと舞って海に落ちて行った。50mのフルキャストは成功した。忠さんは何となく淋しい目をしていたが、ふと気を取り戻したらしく、ぼくの方を見てニコリと笑った。