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サムネイル80回

与那国島釣紀 台湾曽根のカンパチ

 

 

 

 

 

 

 

久部良漁港から台湾曽根へ

漁船が出航する度に、軽やかなエンジン音が響いた。
朝6時、ぼくは宿から出て、与那国島久部良漁港の少しひんやりとしている大気の中を、ジグの入った重いショルダーとショートロッドを2本握りしめて歩いている。
「すぐに出港しようか?」と、いつもは、無口な金城船長が口を開いた。
「2時間ちょっとかかるから、前で寝ていて下さい。」
「風が無いから、結構眠れますかね。」
「まあ、ぐっすり寝られますよ。」
 釣りに行くのに、妙な会話になったのは、昨夜、泡盛を呑みながら打ち合わせた“沖の中の曽根” 通称“台湾曽根”に天気が良いので行こうとなったからである。与那国からでも40マイル離れたこの曽根には、片道ゆうに2時間以上かかる。
 船は、西崎の灯台を回って南東に舵を向けた。断崖の陰を抜けても、朝の日差しは、まだ柔らかかった。トビウオが船首から弾けるように飛び逃げる。
 ぼくは、漁船のフロントデッキに行って、ゴロリと横になった。時たま、水しぶきが顔にかかるけれど、睡眠不足のぼくは、すっかり寝込んでしまった。
 リズミカルなエンジンの音が、卜一ンを下げたところで、少しずつ眠りから醒めていくと、強烈な光が瞼の裏を通して目に突き刺さる。
「着いたよ。根を探しているけど、だらだらとした根だから。」
「マグロ船が殆ど見えないですね。」
「ウシシビを追っかけて、行っちゃったのかね。」
 いつもの台湾曽根は、マグロ船がひしめき合っているらしいけれど、クロマグロの北上に伴なって、マグロ船団は、ここより北の海域に移動している。5月の初め頃、石垣島の魚市場は100sオーバーのクロマグロで沸くが、魚群の移動は速く、10日ほどで行ってしまう。
 水深145mのところで、船長は、船をぐるぐると廻しだした。なにか魚探で見つけたらしい。

 

カンパチの群れ
「魚の反応がいいね、この辺りの下はカンパチでいっぱいかもしれない。」
フルノの高出力魚探には、140〜100mにかけて盛り上がるような魚群が映し出されている。直径2qのお盆状の根から、カンパチの群れを探すのは、かなり難しい。金城船長のような優れた漁師でなければ、この広い根からカンパチだけを探し出すことは出来ないだろう。
ぼくは、320gのジグを付けて、一気にジグを沈めた。ラインは一度、大きく流されたように船から遠ざかったけれど、船長の巧みな操船で真下に落ちだした。
「2枚潮だけど、流れが同じだから、だいじょうぶさ」

と船長は魚探でジグを追いかけながら、船を動かした。
ロングジグ320gは、PE6号のラインの時、毎分80mの沈下スピードがある。ちょうど2分間でラインの出はぴたりと止まった。
ロッドエンドをハーネスに付けて、ゆっくりとしたリズムでジグを動かし始めると、流れていたラインは、嘘のように直下に向いた。船長の腕に感心しながら、20m巻き上げたところでアタリがきた。
カンパチ特有のガシガシというアタリを感じてから、魚が完全にジグに絡むまで待ってアワセると、ラインは10mほど引きずり出された。モンスター系のショートロッドを立て気味にファイトし、腕の筋肉の疲労を最小限に抑えたファイトを試みる。1本目なので、慎重にやり取りして釣り上げた。

中型で丸々としたカンパチである。



 

 

黄色いベイトフィッシュ
「こいつの口の中に魚が入っているよ。なにを食べているか確かめよう。」
船長は、カンパチの喉に尾ビレの見えているベイトフィッシュをプライヤーでつまんで引きずり出した。
「ムロアジですか? 30pはありますね。でも、やけに黄色っぽいですね。」
「深場にいるムロは黄色っぽくなる」と船長は教えてくれた。
 半分溶けかかったムロアジは、全体的に青みがかったピンクだけれど、側面と尾びれ近くがレモンイエローである。
「それより、ちょうど潮がいいから、どんどん釣って」と続けた。
カンパチは、次から次へとヒットし、ランディングできたが、さすがに水深150mの釣りでは、1尾釣り上げるのに最低でも15分近くかかってしまった。

入れ食い状態は2時間ほど続き、ぼくは夢中で釣りまくり、気が付くとカンパチだけで10尾ほどになった。
「大きいのがきっといるから」と金城さんも常に励ましてくれるのだけれど、一人で休みなく 150mのファイトを続けるのはさすがにつらい。

 

巨大で速く泳ぐ魚
3sのスマガツオが釣れたところで、カンパチのアタリも少し遠のいて来たので、それをエサにカジキを狙うことにした。タックルは5.5ft MONSTER-TUNA、リールはPENN9500SSに30Lb ナイロンラインを450m巻き、ダブルライン4m、ショックリーダー150号を8mである。
カツオの目の間に糸を通して、10/0のシングルフックを付けた。
ラインを70m出して、ゆっくり根の周りをボ一卜でベイトを引きずったが、反応がない。そこで根の頂点で船を止めてエサを潜らせた。
ドラグをフリーにして、メインラインを人差指の上に乗せて、ベイトに合わせてラインを少しずつ送り込んで魚信を待つ。ベイトのカツオが 100m潜ったところで、暴れだした。グッと引かれたのでラインを放してフリーにした。ところがラインは出るどころか、逆に糸ふけ状態になった。そのまま放置し、状況が変わるの待った。1分が過ぎた。
2分たったところで、ぼくが魚より先に動いた。ドラグを5kgに戻して、リールを巻き始めるとラインの張りは戻ってきたが、その時、ぼくはラインの向こうに殺気と悪寒を感じた。野獣の気配は冷たく陰鬱である。ラインは、針金のように真っ直ぐ海に突き刺さって固まり、豪腕なロッドがスローモーションで曲がって行き、曲がった状態でぴたりと止まった。急速にアドレナリンが廻り、ぼくの筋肉が興奮して行く。体は無意識の内に自然とポジショニングを決めた。次の瞬間、リールがキィーンという金属音に似た悲鳴を上げた。こんなにスプールが速く回るのをぼくは初めて見た。
 5秒後、ラインはスプールの巻きが半分になったところで吹き飛んだ。ざらざらとした切れ口から見ると、摩擦熱によるラインブレイクである。
「なんですかね?」と言いながら、ぼくは船長の方を見た。
「サメ以外の、物凄くデカくて速く泳ぐ魚だろう。」
 思い当たる魚はぼくも船長もあるけれど、あえて言葉にしなかった。

 

 

 

カジキの島、与那国
午後3時、このポイントに別れを告げて与那国島に、また2時間以上かけて帰るわけである。
日焼け止めとメッシュキャップを忘れて釣りをしたので、ヒリヒリと顔が痛むが、船のフロントにゴロリと横になった。ぼくは、顔にハーネスで日影を作って寝てしまった。1時間ぐらい寝ただろうか、ふと起き上がって、海を見た。紺碧の海に、小さいけれど山々が連なる与那国島が浮かんでいる。アジサシや、カツオドリが波間を飛び交い、トビウオが逃げる。青空を入道雲が通り、虹ができる。”カジキの島、与那国”と今更のように思った。
午後5時30分、帰島した。港のスロープでは 10日後の6月5日に開かれる”海神祭”に向けて、爬龍船を若者たちが漕ぐ練習をしている。
「漕ぎ手は、昔は海人ばかりだったけど、最近は陸の人が殆どになってしまった。内地の人も多い。舵を取る人の技術が左右するし、漕ぐ人が何より息を合わせないと爬龍船を走らせることが出来ないよ。だから毎年練習は欠かせないさ。」と、金城さんが説明してくれた。
夜9時、雑貨屋に日焼け止めを買いに宿から外に出ると、スロープでは、まだ練習の後の宴会が続いている。ぼくは、夜の蒸し暑い熱気が地面から立ち昇るのを感じながら、久部良に1軒しかない雑貨屋に、明日の釣りの飲み物と日焼け止めを買うために向かった。

 

 

<使用タックル>

ロッド: MONSTER CC  MONSTER-TUNA5.5

ルアー:CRAZY LONG JIG 170〜320g

ライン:モーリス10×10・6号

<チャーターボートの問い合わせ>

瑞漁九(金城勉)船長0980-87-2656

<タックルの問い合わせ>

FISHERMAN0980-83-5318