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サムネイル9回

与那国島釣紀

「南の島の空港から見た景色の中で、どこが一番美しいと思いますか?」 津留崎君が与那国の飛行場で、昼食のピラフを食べながら、ぽつりと尋ねた。

「どこも同じだよ。那覇も波照間も与那国も・・・。」言いかけて、眼を上げると、あまりにも濃紺の紺碧の海が広がっているのに、息を呑んだ。黒潮の流れがまともにぶつかり、切り立った隆起珊瑚礁の数十mの断崖の上にある、小さな空港からは、一見、殺風景で、単純な景色が広がっていたが、この濃青色の海の色こそ、この九州の達人の目には、一番美しい風景なのかもしれない、とふと思ったが、言葉にはならなかった。

 

名船長、瑞漁丸の金城勉さんに言わせると、その日は午後から潮が良いとのことであった久部良の港を1時ころ出港すると、海流と、南に停滞する梅雨前線に吹き込む、強い

北東の風が、ぶつかり合って、波長の短くて不規則な波が、出迎えてくれた。

「今日は、ちょっとシケてますね。」と尋ねると、「与那国では、これはナギよ。」と船長はそっけない。

10分もしないうちにポイントについてしまったが、あいかわらず潮目の波は3m近くある。

ジグを使ってイソマグロを狙うわけだが、ジグといっても、ゆうに300gはある。それをキャストし、更に150mほど潮にもっていかせながら、水深90m近い底をとる。

魚探では、50〜80mのところに大きな反応が出ている。ロッドエンドをお腹にあてて思い切り上に大きくしゃくり、素早く巻きながら、それを単調に繰り返すのである。

 

ジグを落としはじめて、すぐにアタリがきた。ガツンとあわせて魚を浮かせると、17kgぐらいのイソマグロがあがってきた。すばやくリリースして しばらくすると、またロッドが曲がった。

遅れて津留崎君のロッドにもヒットし、ダブルヒットとなった。8kgのキハダマグロと、彼には先程と同形のイソマグロが釣り上がった。

イソマグロも心得たもので、いい加減いやになってきたところで、ガツンとくる。それを80mくらいの水深から引きずり上げるのであるから、多少腹筋に自信があっても、バットエンドでグリグリされて、痛くなってくる。300g以上ある、このジグのポンピングは、イソマグロのファイトそのものよりも過酷であるので、ソルトウォーター・ルアーフィッシングにハーネスなんて要らないと固く信じていた僕は、精一杯のやせ我慢を強いられた。

 

その後、僕のロッドに20kgのイソマグロがヒットしたが、5分ほどで釣り上がり、あっけない。

今日は、このサイズばかりかなと思っていると、やがて大物のアタリがガツンときた。

強くあわせると10kgのドラッグがズルリとすべって外れた。巻き戻した文鎮のようなジグは、なんと、くの字に曲がっていた。手で伸ばそうとしたが、力を入れても、元に戻らないので仕方なく足でふんずけて、ようやく真っ直ぐに戻した。隣で津留崎君が魚との格闘の末、ひっくりかえった。どうも巨大なサワラだったらしく、ショックリーダーがスパッと切れている。

「(ラインを)出したら負けよ!」と僕はうそぶいた。

PEライン6号(32.4kgテスト)を使っているせいか、ドラッグも10kg近くまで上げることができ、その上ほとんど伸びないので魚の動きが、ダイレクトに体に伝わってくる。

時代に逆行したようなことを言って申し訳ないが、細いラインもメンタルで面白いが、巨魚とは、力対力がどうも、自分には面白くなってきているらしい。

カジキ狙いの一本釣りの漁船が、何隻も目の前を通っていく。

与那国ではカジキ以外は魚とは呼ばぬ、という言葉があるように、10隻が10隻ともカジキを狙っていた。

 

夜、仲間と飲み会を開いていると、金城さんが遊びに来た。なにやら訳の分からぬ刺し身を持ってきている。

K.goodPlanningCo.の吉田君が、前夜酔った勢いで、味の冒険王の名乗りを上げたことがきっかけで、ちょっとシビれる刺し身や、ヤシガニ、ハギのキモ、深海のスケトウメバル?サメのおなかの下の切り身などなど、食べさせられたらしい。

今日も一品ながら、趣向が凝らされていて、皮の部分を火であぶってあるので、魚とはわかるのだが、魚種の判定は難しい。吉田君の助手の佐藤君は若さと酒の勢いで、半皿をペロリと食べてしまった。

それを見て、吉田君も箸をとっている。津留崎君も山口君も島添君も、恐る恐る箸を伸ばし始めた。

次の日全員無事であったが、吉田君と佐藤君は痺れながら、仕事で京都に帰っていった。

 

不運にも金城さんの船が修理に入ることになってしまったので、その日は彼の紹介の

市成船長の船に乗ることになった。午前中は、イソマグロを狙い、津留崎君が、20kgサイズを釣り上げた。2時間ほど、タップリの昼休みを取り、午後からG.T.狙いのポッパーを投げることにした。2回ほど、チェイスがあったものの、どうもルアーにのらない。3時近く、岸からちょっと離れた所を攻めることにしたところ、良いポイントに入ったらしく、一投目、カスミの6kgクラスがヒットした。続いて待望のGTがヒット。

30lbラインだったので、ちょっと慎重にやりとりして、6分程で津留崎君が手際良くリリースギャフでランディングしてくれた。

「30kgは余るはずヨ。」と市成船長も嬉しそうだ。

僕はこの一匹で、満足である。後は、他のメンバーのサポートにまわることにした。

カスミやギンガメアジ等がヒットしたが、GTは姿を現さなかった。

 

夕方、海神祭が10日後にあるので、ハーリー艇を漕ぐ練習があるため、市成船長は5時半には港に入らなくてはならないので、切り上げた。民宿でシャワーを浴びてから船揚げ場に出てみると、金城さんがカジキの背骨の唐揚げと、地酒「どなん」の水割りを勧めてくれた。

「ハーリー艇は、どんなに力があっても、息が合わないと、速く漕げないしスピードも出ない。だから何週間もかけて、練習せんと、勝てない。北・中・南と三つ組があって、それぞれがんばっている。

僕は中組で、練習のスタートは遅いが、始めたら暗くなるまで漕ぎ続けるさ」と時間に集まらないメンバーをかばう様に言う。

「今年はどこが優勝しそうですか」と尋ねると、「もちろん中組だよ」と目を輝かせている。

民宿の“はいどなん”のおやじが「夕食だよ」と呼びにきたころ、ようやく金城さんがメンバーと共に漕ぎだした。スロープでは、子供達の水遊びの歓声が聞こえる。

老人達は座り込んで、ハーリー艇をみている。女達は後ろのテントで、男達の酒盛りの準備に余念が無い。

男は海人(ウミンチュ)、女は神人(カミンチュ)、という言葉を思い出した。

海神祭が終わると、八重山の島々では、梅雨があけて若夏南風(カーチバイ)が吹き、真夏に入るのである。