66回
石垣島の2尾のGTとモルジブの100尾のGT
日本で始まった有料釣りチャンネルを目指すもの
プロローグ 10年程前の話だが、一人の若者が八重山にやって来た。彼は東北にある大学の水産学部を出てから、伊豆の水族館に2年ほど勤め、何かを思い立ってキャンプをしながら全国を回って、1年目に八重山にやって来た。 彼は島のリゾートに勤め、ぼくの所にもちょくちょく顔を出し始めた。 シーカヤックで転覆して9時間泳いで自力で島に泳ぎ着き助かったことや、西表島のジャングルで道に迷い、彷徨った話など数々の武勇伝にも似た、無茶なエピソードの持ち主である。 そんな彼が、東京に帰ってしまって5年目を迎えた。 去年(98年)の7月に電話が鳴った。 「遠藤です。島にいた頃は御世話になりました。覚えていますか?」と、元気な声。 「今度、釣りチャンネルという釣り専門のテレビ会社に入ったんです。ディレクター部でADをやってます。でね、ぜひ鈴木さんに石垣のGTを釣ってもらえたら・・・と思いまして。お願いします。ぼくは鈴木さんの生き方というか、釣りへの情熱といったものを、ぜひ撮って取り上げてもらいたいんです。考えておいて下さい。」と、返事する前に切れてしまった。 それから、1週間に1度づつ電話が鳴って、10月の末に押し切られる形で釣りの撮影に入った。 |
派手なロービンググルーパも釣れる。モルジブは魚種の宝庫
石垣島の2尾 台風が来ていた。 ゆっくりとした台風は、始めルソン島北部に停滞してから、台湾海峡へと足を進めた。風と雨の合間を縫って、半日ぐらいづつ出航するものの、いつ中止になってもおかしくない状態で撮影が続けられた。 ところが、ぼくの強運だろうか、あれほど影響が出ていた台風が、台湾西部から東シナ海に出た途端、消滅してしまった。10年以上島にいるけれど、台風が消えてしまうなどということは、有り得ないことである。 これも異常気象ということなのだろう。 3日目の朝、黒島の東で40lbのGTを1尾釣った。このポイントは世界で一番難しいポイントであると書くと、あれ?と思う読者がいると思う。 世界一難しいポイントはミッドウェイのアウトリーフと確かにぼくは書いたことがあるけれど、それはあくまでぼくにとっての話である。つまり八重山の海は10年プロガイドをやっているぼくには、庭のようなもので、他のアングラーとは違う見方が出来る。 が、ここの海底地形ときたら、ミッドウェイの比では無い。洗濯板のような鋭角の帯状の根がキャスティング方向に対して、真横に点在し、不規則な孤立した小さな根が無数にある。 今、FISHERMAN号のキャプテンをしている石垣長宏さんに言わせれば、 「10尾ヒットして、10尾ラインブレイクするポイント」なのである。 ぼくは、再び気分を充実させてキャスティングを繰り返した。 夕方近くになって、八重山には珍しく、西の風に変わり、小浜島と西表島との間にあるチャンネル、ヨナラ水道は西表島の山々に風が遮られ、海に微妙な静けさが漂い出す。 が、気配といえば、気配である。大量の波長と人間のもつ野生の部分がかすかに同調すると、胸騒ぎにも似た、心の昂りを覚える。 その感覚のままにボートの位置を変えてキャストした。動き出したルアーはいつものようにショートパンプを繰り返したが、昂りが益々強くなるのを感じた。 瞬間、巨大なGTがルアーにスローモーションで襲い掛かる。ラインを止めると、水面で尾鰭を叩き、彼は自分が襲われたことを知った。凝縮されたような4分のファイトは見事な100lbのGTをプレゼントしてくれた。 「たかが釣り・・・されど釣り・・・」ぼくは天を仰ぎ、釣りの神様に感謝した。 「釣りは魚の大きさではない。釣りは質だという鈴木さんの言葉がわかりました。」と遠藤君は行って帰った。 ぼくは、その後、1年近く伸ばしていた髪をバッサリと切って、モルジブへ仲間と行った後、すぐにセレベス海へ1人で旅に出た。 |
小型ながらイソマグロも飛び出す。
遠藤君からの電話 12月半ばに戻ると、彼から電話が来た。 「ワンダーブルーの東さんがね、遠藤君、鈴木さんとモルジブへ行っておいでよと言うんです。でね、石垣島のメンタルで1尾を追い詰めて行くGTフィッシング、質の高い感動の2尾はカメラに収めたので、今度はモルジブのGTってことなんです。つまり、GTの釣りってこんなに楽しいって切り口で、同じ魚でも場合や場所や地形が変われば全く違うということをね、どうですか?モルジブ行きませんか?」と、誘われてみると、やらないわけにはいかない。 明けて99年1月16日、成田を3名のカメラクルーと共に発った。チーフディレクター兼カメラマンで長身の武笠さん、サブディレクターの遠藤君、金沢大で言語学をやっているADの佐藤君である。 |
南マーレのポイント群
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寒いモルジブ 飛行機が遅れて、朝の6時にマーレ空港に着いた。 「風が強いですね。」タラップを降りながら遠藤君が言う。 「寒いのか、暑いのかよくわからないよ。」と、答えたけれど、いつもなら蒸し暑く「あーモルジブだな」と、思うのだが、肌寒いせいかモルジブに来た気がしない。 モルジブは厳格なイスラムの国であるので撮影については、かなりうるさい。監視役のお巡りさんが1人つき、その通訳にもう1人の日本語の出来るモルジブ人が同行した。 オルベリビューホテルの支配人の西村さんが、にこやかに迎えてくれた。彼は前回、ぼくとGTを釣って、すっかり病み付きになってしまっているらしい。 「日本にいる家族の誰もね、信じてくれないんですよ。ガバッと出て、グイグイと釣ったと言ってもね・・・」と笑う。 ぼくにあてがわれた水上コテージは、浅い内海の中に建てられていた。 「ベランダから泳げますよ。あ、アカエイがいます。あの向こうにカスミアジがいっぱい。タラップの下にセッパリサギみたいのが見えます。ここから見ていると、水族館よりもすごいですね。」と、ベランダに出た遠藤君が魚を指差した。 この人は、水族館に勤務していただけに、やたら魚に詳しい。 「ガラスの中から魚がいっぱい見えますよ。」と、室内で涼んでいた佐藤君もベランダに出て来た。 「水中カメラで全部撮ってこいよ。」と武笠さんが笑って言うと、2人はパンツ1枚でカメラを持ってドボン。 ベランダから梯子が付いていて、そこがプライベート水族館、兼プールなのである。 「アカエイは英語でスティングレー、オニイトマキエイがマンタ、八重山ではスティングレーのことをマンタと言うんです。」 水上コテージは新婚旅行に人気があって、いつも予約で一杯らしい。まわりのベランダではヨーロピアンのカップルがキスしている。2人で椅子に寝そべってビールを飲んでいると、 「男同士で来るもんじゃないですね。」と、無口な武笠さんがポツリと言った。 |
2時間で20尾釣れたポイント 翌日、2ヶ月振りにハッサンに会うと、何か元気が無い。 「釣れてないんだ。」と、呟く。 釣りに関しては真面目なキャプテンが考え込んだように言う。 モルジブの人は滅多なことで弱音を吐かない。ラマダンで1ヶ月の断食をしているせいなのだろうけど、いくらリリース前提としていても、ロッドを振り回す限り、魚は減るのである。 「鈴木さんがみんな釣っちゃうから。たまにお客さんが言いますよ。」とオーシャンパラダイスの渥美マネージャーがきつい事を言う。 「本当は乾季で、カラリとして天気が良いはずなのですけれど、天気が雨ばかりでその上、気温が低い・・・」 弱気なのは船長だけではないらしい。 ぼくは、地図を開いてハッサンにポイントの指示を出した。通常、ほとんどぼくは現地でポイントの指示をしないことにしているのだが、ハッサンや渥美さんを見ている限り、自信を失っている。 「ぼくの言った所に行って下さい。ここです。」と指差すと、ハッサンの顔がパーッと明るくなった。 ボートが一気に走っている間、ぼくは一寝入りした。 10時近くに着いて、キャスティングを開始する。続けざまに2〜3尾釣ってから、ぼくは武笠さんに提案した。 「色々なルアーで釣ってみましょう。」 ペンシル、スイマー、ポッパー、パンピングルアー、ショートパンプ、ドッグウォーク、スローケロッグとどんどん釣って、どんどんルアーを変えていく。 「次はルアーのカラーがどう影響するか実験してみましょう。」 時間帯によって色に対するGTの反応の違うこと次々と見せた。 「全然、違うんですね。」と、武笠さんが感心する。 その日は、午前中の2時間の撮影だけで、20尾以上の魚を釣り上げた。 |
GTを思う方向へ誘導できるのか 2日目に入った。ハッサンが元気を取り戻している。 「飛び込んで、水中撮ってもいいですか?」 「サメと潮、それにボートのスクリューに気を付けてね。ハッサンと打ち合わせしないと駄目だよ。」と、ぼくはアドバイスした。 ポイントに着いたので、キャスティングを開始する。 「エッジでヒットさせてから止めて、リーフに沿って泳がせて、それから向かって左側から外海に泳がせてGTを釣って見せましょう。」とぼくが言うと、武笠さんはこくりと頷いた。 つまり、ヒットしたGTを思い通りにコントロール出来るかやってみようというわけである。 ルアーにヒットしたGTを潜らせないで、言った通りに泳がせて釣ってみせると、 「どうやるんですか??」と驚いてADの佐藤君が質問した。 「それはね、ひみつ。テレビ見てね。自分で考えてごらん。釣りはね、あんまり教えちゃいけないんだ。身につかない。」と、ぼくが答えると、 「じゃあ、釣りチャンネル見て、それがわかった人は皆すぐGT名人になれるんですか?」 「そんなことは、ないよ。簡単そうに見えるがね、実は一番難しいことなんだよ。釣りでね、難しいことを言う人多いけれど、本物の釣り師ってね、本物に見えない釣り師の中にいる。スタイルや口先名人は多いけれど、本当にすごい人ってすごくない。難しい釣りでも誰にでも出来るように簡単にやってしまう。」と答えると、若い佐藤君は首を傾げた。 |
小さなGTでも、しっかり海水をかけてフックを外す。
4日間の撮影を終えて ジグもやって、小物もやって、GTもやって、本当に盛り沢山のことをしなければならなかった。遠くの環礁のヤシの木も生えていない、名も無い小島で1m以上もあるターポンを見つけたり、大雨が降って、海外のGT釣行で初めてカッパを着ることもあった。遠藤君が水中に飛び込んでGTを追いかけ回して、いつもより、てこずった魚もいた。 衛星放送で1ヶ月900円で24時間釣り番組を見れるのは面白いかもしれない。遠藤君のような情熱と、チーフディレクターの武笠さんのような落ち着きと、佐藤君のような若さが、この新しいメディアをこれから発展させるのだろうとぼくは思った。 |
右からチーフディレクターの武笠さん、遠藤君、佐藤君
石垣島とモルジブ 石垣島とモルジブの対比は釣りチャンネルを見るとよくわかるし、自分が感じていること、自分の技術など、色々な見方でこの2箇所の釣りは対照的である。 相撲の言葉を借りるなら、石垣は心技体であり、モルジブは体技心という順番になる。石垣はそれに、根、勘、運がプラスされる。 釣りはよくスポーツではないと言う人がいるけれど、このGTフィッシングはスポーツに近い。ただし、勝負が無い。なぜなら、自分の心の中の充実感、満足感が一番大切である。つまり、GTといかにフェアに渡り合ったか、或いはヒットするまでの苦労があって、何かが得られる。そのことが、この2つの場所で作った、釣り番組の中にあるような気がしてならない。 |
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