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サムネイル97回

 

マルケサス諸島海遊紀行@

南太平洋フランス領ポリネシアの島々から

 

 

 

作家 夢枕獏さん 

写真家 佐藤秀明さん 

 

地球物理学者の卵 鈴木憲人君

 

 

筆者:

リーフエッジでロングペン100を ひたすら投げた。

3回バイトがあったがみんな外れた。残念

釣り師の誤解

釣りのことを書くとき、釣れなかったことを書くほど文章に力が入ることはない。まして、40kg近い道具を背負って行って、全くと言って良いぐらい釣りにならないのは、ただ釣れないということよりも“滑稽なこと”に違いない。

“マルケサス”この、芳しい響きのある島々へ、ぼくはこの巨大な釣り道具を背負って行ってしまったのである。

NHKの特別釣り番組“名人対決 春を釣る。”で演した写真家で冒険家の佐藤秀明さんから、マルケサスに行かないかと電話で誘われた時に、この“滑稽な誤解”が始まった。

「ハワイに住んでいる太平洋考古学の権威、篠遠教授のレクチャーを受けながら、マルケサス諸島を周るのだが、一緒に行かないか・・・釣りもボートから入れ食いだし、夜中に大きな魚が釣れる。クルーなんかは、ほとんど寝ていないほど釣るのだ・・・・」と受話器の向こうで囁く。

「大きさはどのぐらいですか?」

「大きいぞ!大きい。とにかく大きいのだ。ロッドなんか満月に曲がって、もう上がらない。ラインはギンギンだし・・・」

電話の向こうの話は、十分に釣師の脳を刺激するに値した。

「それに、古代の釣針が見られるし、ドクター篠遠がその道の権威でね。かれこれ50年近く発掘している。そん辺の話なんかかなりヒントになるのではないかな・・・」

と、まあ釣具の開発者としてはヨダレが出る話になってしまった。

「アラヌイという2000トンもの貨物客船があって、それが2ヶ月に一度、3週間ぐらいかけてマルケサス諸島を周る。そして、島々に物資を運んでいるのだけれど、その荷物の上げ下ろしの合間を縫って島に上陸できるのだ。磯釣だってOKだし、テンダーボートが空いていれば、使う事だって出来る・・・・」と、続けた。

ぼくは、この話から磯のGTロッド“GIANT TOKARA11”を含め、ジグロッド“MONSTER56”、ボートGTロッド等々の大物ロッドとタックル、写真機材で満杯のボストンバッグとロッドケースを持って成田に向かった。

佐藤さんも、さぞかし釣具満載の出で立ちで現れるはずだった。ところが・・・・!と、どうしても、書いてしまうぐらいぼくは驚かされることになる。

成田空港第1ターミナルに現れた彼は、なんと中型のスーツケース1コなのである。ロッドケースはもちろん持っていないし、タックルの入っている様子もない。同行は作家の夢枕獏さん。それに,石の採取で地球物理学者の卵、鈴木憲人君なのだが・・・

恐る恐るぼくは切り出した。

「ロッドは?」

「ロッドはもちろん持ってきていますよ。このスーツケースの横に入っている。ルアーだってかなりある。」と佐藤さんは答えた。

「だって、大きい魚を釣るロッドですよね?!」

「そうだよ、去年持って行った時ロッドが柔らかすぎて困ったので、今回はちょっと硬いロッドを持って来た。見てみます?」

「彼は長さ40cm、直径10cmぐらいのプラスチック製の筒を取り出し、中からたった1本のロッドを取り出した。

「アッ!!」と言ったきり、ぼくは声が出ない。

「この振り出しが、とても便利なんだ!折れないし、大物が掛かっても平気だし、それに糸付きの安いリールとセットで、4.800円!・・・昨日、近くの釣道具屋で買って来たんだ。」

振り出しのロッドは、白い穂先でよく釣具の量販店の店頭で見るやつである。

「大きい魚は、どのぐらいなんですか?」と、やっと声を震わせ質問した。

「大きさはこれぐらい。」と、両手でせいぜい肩幅程度に広げてみせる。

ぼくはクラクラと血の気が引くのを感じながら、自分のタックルに目をやった。

佐藤さんは、楽しい旅になると行って笑っていた。

釣師は、だいたい自分の都合の良い方に考えていく。まして、GTや大物ばっかりやっているぼくなど、その見本の様のような存在で、一般人とのギャップは計り知れない。でも、普段は回りに似たような仲間が多いし、釣の話になると魚は大きく成長して、とてつもない話になってしまう。

佐藤さんとの電話での話は“大きい魚”と、理解してしまったところに問題があったのだ。隣で、憲人君がクスリと笑った。

 

パペーテのキチンホテル

ともあれ、タヒチの首都パペーテに深夜に着いた。

「タクシーで行きましょう。」と、佐藤さんは先頭を切って歩き出す。

ぼくらは、タヒチ音楽のガンガンにかかっているインチキ臭いタクシーを捕まえた。

ホテルは、なんとかと言って・・名前は覚えたくない程汚いホテルで、着いたのは午前2時。

部屋に入ると今度は“ガー”という音が鳴り響いている。音に極めて弱いぼくは眠れない。

隣にいる憲人君は、もうすっかり寝込んでしまっていた。

火力発電所が隣にある、このホテルは奇妙なことに部屋は満室らしい。

朝6時に2時間ぐらいウトウトとし、目が覚めた。夜中は気が付かなかったけれど、ホテルからはパペーテの港が通りの向こうにあった。そこに、“ポールゴーギャン”という、大きなクルーズ船が泊まっていて散歩しながら、もしかして、ぼくが乗るのはこんな大きな船なのかと、ちょっと嬉しくなったが、もちろんそんなことがあるわけない。

佐藤秀明さんは写真家というより、冒険家に近い。バイクの風間さんと北極点まで行ったり、ヒマラヤを越えてチベットへ行ったりと地球の極地を旅している。それに、よく考えると作家の椎名誠さん率いる“アヤシイ探検隊”の一員でもあるらしい。ぼくも十分に“アヤシイ”のであるが、危ないところのホテルだけは、危なくないホテルに泊まることにしている。が、佐藤さんは違っていた。

朝食はディスコの隣で踊りつかれた、お姉さんがそのまま朝のアルバイトをやっているような、ノリの悪い化粧をして出て来た。薄暗いテーブルで食べるサニーサイドエッグとかなり長細いバケットは昔、半年ぐらい居たパリの香りがした。隣で憲人君は“ムシャムシャ”と無機質に食事をしている。

ぼくは、冷めかけたエスプレッソをグィと飲むと、弱い胃を直撃したみたいである。あァ、これから3週間どうなるのであろうと思うと目の前が暗くなった。

 

写真左:豪華クルーズ船“ポールゴーギャン”    写真右:島に上陸すると歓迎のバンドがいた。

 

パペーテの町並み

 

モーレア島へ

「2〜3日、ここでアラヌイの出港まで時間がありますから、今日はみんなでモーレア島に行ってみましょう。」と、佐藤さんが軽快に言う。

モーレア島は、タヒチ島の隣の島で高速船に乗ると1時間余りで着く。船はカタマラン(双胴船)で、フランス人とアメリカ人の観光客で一杯になっていた。抜けるような青空が広がり、南太平洋の光は凄い。ぼくは、甲板でゴロリと横になって寝てしまった。

4人は港を降りてから、ひたすら歩くことになる。“目的も無くひたすら歩く”が旅の基本であるということを、ふと思い出した。

ばくが釣の提案をすると、道のすぐ横にある砂浜に下りた。椰子の木陰の向こうはフラットなリーフが広がっていた。ぼくは1本しか持っていない“クイラ”を出して小さなスプーンを付けて投げた。

水は透き通っていてキラキラと美しい。港のすぐそばで、こんな美しい海が広がっている。

遠くで佐藤さんがなにかを釣ったらしく、小さな魚を高々と持ち上げて、自慢気にこちらに振っている。

ぼくは負けじとロッドを振るのだけれど一向にアタリがこない。今度は獏さんが10mぐらい近くで1匹釣り上げた。“オジサン”というヒメジ科の魚である。憲人君は、岸で岩を見つめている。岩から地球の歴史がわかるらしい。

たまに、ハンマーを取り出して“ガン”と打つ。

その音が寝不足の脳には綺麗な不協和音の様に聞こえてくるからおかしい。

 

写真左:タヒチ モーレア島               写真右:モーレア島からタヒチ島を望む

 

やっと釣った1匹

そのうち、1匹、やっと1匹釣った。ムラサメモンガラである。美しい青線が眉間にあるこの魚は、コーラルの堆積物の中に穴を掘って生活している。一般的に魚は、体を縦にして泳ぐと思われがちだが、ヒラメやカレイ以外にも横泳ぎが得意な魚は多い。特に、南の島のコーラルフィッシュは自由自在、臨機応変で縦泳ぎにはこだわらない。このムラサメモンガラは、海底のバラスコーラル(2〜3cmの枝サンゴの死骸)の中に穴を掘って横向きに寝ている。そうなると、肉眼では見分けがつかないのである。

やっと、釣った1匹を写真に撮ろうと思ったけれど4人が4人、みんな自由にモーレアを楽しんでいる以上、「シャッターを押して」とは、どうも声が掛けづらい。まして、こんな小さな魚に“バシバシ”と、これみよがしに写真を撮るのは場違いに違いない。

ぼくはプライヤーでフックを持ってから、魚に触らないようにすぐにリリースした。結局モーレア島で釣った魚は、この1匹であった。

2〜3日後、アラヌイ号に乗り込んでマルケサス諸島アポ島に向かった。

                                                つづく

 

写真左:ツアモツ諸島タカロア島で唯一釣れたアカモンガラの尻尾

 

写真左:向かって右に見えるのが2000tの貨物客船アラヌイ号